コトノ葉さがし
ごんぱち
学校の昼休み、ラグヤが本を読んでいます。
「ラグヤ、外に遊びに――あれ?」
ピトラはラグヤが読んでいた本をちらりと見ると。
「ねえ、その本かし」
「……だめ」
ピトラが言いおわる前に、ラグヤは答えました。
「でもさ」
「……だめ」
「い、いいじゃない、かしてくれたって!」
ピトラはどなります。
「……読みおわったらかすよ」
本から顔を上げずに、ラグヤが言います。
「なんだい、ケチ! もうたのまないよ!」
ピトラは教室から走って出て行きました。
「あああーっ、もう!」
家に帰ったピトラは、カメのゲンさんのぬいぐるみをまくらにしてつっぷします。
「そうじゃない、そうじゃないのに!」
ピトラはバンバン、ゲンさんのぬいぐるみをたたきます。
ゲンさんのぬいぐるみは、大きくてやわらかいので、そういうことにも使われてしまうのです。
「あの本見おぼえがあったから、ちょっと見てみたかっただけなのに!」
頭をかかえます。
「すぐことわられたから、ついあんなに言っちゃって」
その時、下のかいで電話のなる音がしました。
「ピトラー、ラグヤ君から電話よ」
お母さんのピピラさんが、受話器を持って来ます。
「あ、うん、ありがと」
ピトラは受話器を耳にあてます。
「はい、電話かわりました」
『……ピトラ? あの本かすよ』
ピトラの顔がぱっと明るくなりました。なりましたが。
「もういいよ、イヤイヤだったらかりたくないし」
『……そう』
プツッ。
ツー、ツー、ツー……。
「あっ、ええと、そうじゃなくて!」
切れた電話で声がつたわるわけがありません。
へやにもどったピトラはまた、ゲンさんのぬいぐるみにつっぷしてしまいました。
「ちっがあああああう! そうじゃないでしょ、そう言いたかったんじゃないでしょ、ごめんとか、ありがとうとか、もっとマシな言い方あったでしょ!」
三分前の自分にさんざんつっこみます。けれど、タイミングをはずしたツッコミなんて、気がぬけてぬるくなったビ……コーラみたいなものです。
「ビールって言おうとしてなかった? ねえ、ビールって」
気のせいです。
「そもそも、ツッコミじゃないよ、これはコウカイってヤツだよ、あああああっ、うわああああん!」
とうとうピトラは泣き出してします。
泣いて、泣いて、泣きつかれていつの間にか、眠ってしまいました。
ピトラは、夢の世界の「ピトラ運送」の社長室で目をさまします。
「おお、ピ、ピトラ社長、おかえりなさいであります」
明らかに社長イスから立ち上がったばかりのような、不自然なかっこうでカモメのジョースターがあいさつをします。
「ジョースター、そんなに社長のイスがほしいの?」
「と、ととと、とんでもないであります。そんなすわるところも背もたれもフカフカでひじかけによりかかれて足をおくところもついている昼寝にピッタリなイスなんて、ぜんぜんほしくないであります」
「なんだ、ただ昼寝してただけなんだ、ぼくはてっきり、社長になりかわろうとたくらんでるのかと思っちゃった」
「あははは、はは、ははは、ま、まままま、まさか、そんなこと、か、かかかかかかかか、かんがえたこともないないないなななないでありまハあす」
「あんまり君にはスキを見せないことにしとくよ――はぁ」
ピトラは、大きなためいきをつきます。
「どうしたでありますか? 仕事がイヤになったのでありますか? 社長ならいつでもかわるであります」
「イヤにはなってないよ、ぜんぜん。ちょっとむこうの世界でね」
「なにがあったのでありますか? 社長がなやむなんて、すこぶるめずらしいであります」
「それじゃあまるで、ぼくがバカみたいじゃないか」
「え? いや、そういうつもりで言ったのではないであります」
「ふん、どうだか――って、これだよ、こういうの!」
ピトラは社長机につっぷします。
「どれであります?」
「いや、こういうふうに、言いたいこととちがうをつい言っちゃって、ラグヤとケンカになっちゃって」
「ラグヤというと、社長の友だちでありますな?」
「うん」
「こら、ジョースター!」
ドアが開いて、カモメの親方が顔を出しました。
「うひゃっ、親方!」
「仕事をサボってなにをやってるんだ――と、社長もいっしょでしたか。こんにちは」
親方がピトラにおじぎをします。
「こんにちは、親方」
「ちょうどよかった、社長も手伝ってくれますかな?」
「おとどけもの?」
「ええ、ムナカタ星でコトノ葉をうけとりに」
「ムナカタ星……ってことは宇宙?」
「はい」
「そっか、気晴らしにいいかもしれないなぁ」
ピトラは少しいきおいをつけて、立ち上がりました。
「よいっ、しょっ、よいっ、しょっ、よいっ、しょっ!」
ピトラとカモメのジョースターとカモメのガースは、宇宙船イダテンのオールをこぎます。
『加速はもうだいじょうぶですぞ』
スピーカーから、親方の声がします。
「ふぅ」
ピトラはオールから手をはなして、汗をふきます。
「あー、いい汗かいた」
「さすがに、社長がいると速いであります」
ジョースターは、ひと息ついてチューブから水をのみます。
「そうでヤスな」
ガースは大きくのびをしています。
「まあそれほどでもあるけど、やっぱりフツヌシのところでレストアしてから、ぐんと速くなったね」
「そうでありますな。フツヌシ様はまったくすごいであります」
「はじめてピトラ社長に会った時には、まさかイダテンがこんなになるとは思わなかったでヤス」
「……まあオールでこぐってところは、何にも変わってないんだけどさ」
遠くに、赤いうえきばちみたいな色をした星が見えてきました。
「へー、あれがムナカタ星かぁ、変な色してるなぁ」
「……社長?」
親方が、ちょっと不思議そうな顔をします。
「行ったことがあったはずですぞ?」
「え? しらないよ?」
「でもこの前タコをとりに」
「へ? あの耳にできる?」
「ちがいますぞ」
「いや、ここつっこむとこでしょ? 『タコちがいにしてもそれかい!』とか『耳にできたタコはとれないだろう』とか、ねえ?」
「ああ、そうでした」
親方はぽんと手をうちます。
「おみやげに物をもってかえったんですな、まあ気にすることはありません」
「いつもの記憶喪失でありますね、さすが社長はよくばりであります。でも気にすることないであります」
「そうでヤス、気にすることないでヤス」
「……よけいに気になるんだけども」
ピトラはじぃっと星を見つめます。
けれどやっぱり、なんにも思い出せません。
「ねえ、くわしくおしえてくれない?」
「ふむ、分かっているぶぶんだけですが」
ピトラが空にあげるタコをなくしてしまい、それをとりにムナカタ星に行ったことを、親方はかんたんに話しました。
「きいても全然ピンとこないんだけど」
「記憶がないからしかたないですな」
「でも、言われてみるとその日の朝、タコに『タコさんありがとう』ってメモのタコがまくらもとにあったなぁ……あれ?」
ピトラは首をかしげます。
「たしか、こっちで書いた字は、むこうにもっていくと読めなくなったはず――」
ピトラはけっこう細かい性格です。そんなだからもてないのです。
「……うっさい」
「それは、ですな」
親方がちょっと自信なさそうに答えます。
「夢からは、絵はもちだせるけれど、字はもちだせないのですぞ」
「そうなんだ? でも、字がもちだせたよ?」
「字をおぼえたばかりの子供は、絵とおなじような脳の使い方で字をえがくようですな」
「へー、なるほどねぇ、そっかぁ、そういうことなんだぁ、ふーーーん」
ピトラは大きくうなずきます。
「社長、分かっていないでありますな」
「そうでヤスね、分かったフリをしていんでヤス」
「そこ、うるさい!」
ムナカタ星は、タコツボみたいな形をしていました。
「うわー、ヘンな星!」
宇宙船を親方とガースにまかせて、ピトラとジョースターはツボのうちがわにむかうバスに乗ります。
「……ジョースター」
「ここのひとが、みんなタコというネタは、多分、もうみんなあきあきしているであります」
「うっ」
バスの中は、運転手もお客もみんなタコでした。二本の足で歩いて、六本の足を手みたいに使っていました。
『次は、ムナカタ・リサイクルセンター、ムナカタ・リサイクルセンターです』
「あ、ここだね」
「そうでありますね」
ピトラとジョースターはバスからおります。
大きなツボのうちがわみたいで、ツボの口にあたるところから外の星が見えます。
「そもそも星じゃないよなぁ、これ。球の形してないし……」
バス停から少し歩くと、「ムナカタ・リサイクルセンター」のかんばんが見えてきました。
「あの、すみません」
ピトラは警備員のタコに声をかけます。
「おおっ、ピトラやないけ!」
「え?」
ピトラは身がまえます。さいしょからなれなれしいひとに、ロクなひとはいません。
「ワシやワシ、久しぶりやなぁ!」
「……だれ?」
「なんや、きっついボケやな、タコの時にはえろう世話したやないか!」
タコはうれしそうですが、ピトラにはさっぱり見おぼえがありません。
「あー、ごめんなさい、ぼく、この前に一度来た時の記憶、ないんで」
「な!?」
タコは思い切り暗い顔になります。
「さ、さよか。せやな、考えてみれば、タコ持って帰っとったもんな、そか……そか」
「えと、なんか、ごめんなさい」
「あやまらんでもええねん。しかたないねん」
「社長、こういう時はウソでも『頭が痛い、記憶がよみがえりそうだ』とか言うのであります。それが記憶喪失のマナーであります」
「知らないよそんなマナー。思い出せないものは思い出せないんだから」
「そう言っておいて、つごうの良い時に、小出しに思い出すのでありますか?」
「やらないよ! そんな子どもだましみたいなこと!」
ピトラはがっかりしているタコに頭を下げます。
「ええと、タコさん、この前のことは知らないけど、多分、お世話になったんだよね、ありがとう。あらためてよろしく」
「せ、せやな、記憶がないならないで、また二人の新しい物語を作りはじめれば良いだけやもんな」
「……その言い方もどうかと」
たくさんならぶ倉庫をすどおりして、カゴをかついだピトラとジョースターがたどりついたのは、ハリガネをはったさくに囲まれた林でした。
「ええと、24番コトノ葉林だから……ここだね」
「そうでありますね」
さくにつけられた木のトビラに「24」と書いてあります。
ピトラとジョースターは、中に入ります。
ピトラの背よりも、ちょっとだけ大きな木が、ずらりとならんでいます。枝からはとっても大きな葉っぱが生えていました。
「これがコトノ葉かぁ」
ピトラは葉っぱごと、枝をつかみます。
すると。
『ぜんぶおいしいよお母さん、いつもどうもありがとう』
『その映画はとっても行きたいけど、キミといっしょじゃあイヤなんだよね。チケットだけくれないかな』
『さむいなぁ、クーラー止めていい?』
「えっ?」
声が聞こえてきました。
耳――ではなく、頭の中に。
「社長、さわるときはてぶくろをしないと、うるさいであります」
「うるさいっていうか……なにこれ?」
「コトノ葉は、言葉のゴミであります」
「ジョースター、それで説明した気になってるんじゃないだろうね?」
「もうしわけないであります、社長にも分かるように、しんせつていねいあんぜんだいいちに説明するであります」
「なんかそこはかとなくバカにされてない?」
「気のせいであります」
ジョースターは葉っぱを見せます。
「このムナカタ星は、飛んでいってしまったタコや、落としたカサのように、なくなったもの、すてられたものが流れつく場所であります」
「それはさっき聞いたよ」
「だから、言葉も同じなのであります」
「は?」
「言いかけてやめてしまった言葉や、言えなかった言葉、言ったけれど伝わらなかった言葉などもが流れつくのであります。それをまとめておくのが、この『コトノ葉』なのであります」
「へー、なんかフツウのファンタジーみたいじゃない」
ピトラは失礼です。
「……まあミョウなナレーターがいるあたり、やっぱりダメなんだろうけどさ」
「ですから、これをつみとって、本当に伝えたかった相手にとどけるのであります」
「なるほど、それはいいね」
「はい、社長好みの、ひとの弱みにつけこむ、おいしい商売であります」
「安くやればいいんでしょ!」
「良いひとのフリでありますか?」
「どっちでもけなすの? ねえ?」
「これを使って、手分けしてさがすであります」
ジョースターは、ガラスのかたまりにヒモがついたふりこをさしだします。
「それなに?」
「ダウジングであります。もくてきのものの近くに来たら、ふりこがゆれて教えてくれるであります」
「それって本当に見つかるの? この前やってみたけど、全然ダメだったよ?」
「こっちの世界は、竜脈が強いからだいじょうぶであります」
手にふりこを持って、ピトラは木の間をゆっくり歩きます。
「こんなに広い中から、葉っぱ一枚さがすなんて、まるで、まるで……林の中で葉っぱ一枚をさがすみたいだよ、ってそのままじゃないか」
ひとりボケツッコミをしながら、ピトラは歩きます。
「あーあ、本当にふりこ動くんだろうなぁ」
ピトラは歩きながらふりこのガラスを見ます。
ピトラが歩くたびにゆっくりと動きますが、それより大きくは動きません。
「とはいえ、一枚づつ葉っぱをたしかめるワケにもいかないし。そんなの、森の中で葉っぱ一枚をさがすみたいだよ、って少しはひねろうよ」
ちょっと足を止めて、ピトラは葉っぱの一枚にさわります。
『いつかって、いつだよ! あんたいつもそれだ、今日にしろ今すぐやれすぐやれ、さあさあさあさあ!』
「どういう時に言えなかった言葉なんだろうね、これ」
もう少しすすんで、もう一枚。
『ご、ごめん、そうじゃない、そうじゃないの。いつもにくまれぐちばかりだったけど本当はわたし――』
「うひゃあ」
ちょっとてれて、また一枚。
『じゅげむじゅげむごこうのすりきれずかいじゃりすいぎょのすいぎょうばつうんぎょうばつふうらいばつくうねるところにすむところやぶらこうじぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがーしゅーりんがーのぐーりんたいぐーりんたいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ』
『ジャズ歌手、シャンソン歌手』
『バスガスばくはつ、ブスバスガイド』
『ゴルバチョフしょきちょうの子、子ゴルバチョフしょきちょう』
『しゅうちゅうちりょうしつで、しゅじゅつちゅう』
「このへんは、言えないのイミがちがう気がするなぁ」
見ている間にも、少しづつ葉っぱがふえていきます。
そして、たまに葉っぱがおちて、消えていきます。
「言えなかった言葉、か」
ピトラは、葉っぱから手をはなします。
「……ラグヤに言えなかったこと、ここにあるのかな」
つぶやいて、とぼとぼと歩きます。
「ちゃんと説明して、あやまって、そういうことが、ぼくの本当の言葉が伝わる葉っぱがあるのかな」
その時です。
ふりこがはげしくゆれはじめました。
「あ」
ピトラは葉っぱを見ます。
ピトラの葉っぱでした。
ほかの葉っぱと同じ色、同じ形をしています。
だけど、ピトラにはそれが自分のコトノ葉だって、分かるのです。
「これが、ぼくの本当の言葉」
ピトラは葉っぱに手をのばします。
これをラグヤにとどければ。
「本当……の言葉」
ピトラの手が止まります。
「あれ?」
風がふいて、さわさわと葉っぱがゆれます。
「たとえば、ラグヤは本当はなんて言いたかったんだろう?」
葉っぱはなにも言わずに、さわさわさわさわゆれています。
「あの本をぜったいかしてくれるし……仲なおりしようって言って来る。それって、なんとなく分かる。そっか」
ピトラは大きくなんどもうなずきます。
「言えなかった言葉があったって良いんだ、思った風には言えないのがぼくだし、ラグヤだ。ぜんぶ見せなきゃ伝わらないなんて、おかしいや、あははは、あはははは!」
大声でピトラは笑います。
とってもバカバカしくて、うれしくて、笑います。
「明日あやまろう、言えるだけめいっぱい。ラグヤの言うことを聞こう、足りないところはスイリしよう。それでいいんだ、はははははは!」
ピトラは手ぶくろをはめると、自分の葉っぱをちぎってすてます。葉っぱは地面に落ちて消えました。
「――なやみは消えたでありますか?」
「うん、カンタンなことだったよ」
「でしたら、社長」
ピトラがふりむくと、ジョースターがこわい顔をして立っていました。
「いつまでもサボってないで仕事をつづけるであります!」
「あの……ぼく社長なんだから」
「社長でも、アチョーでも、キンチョーでも、かんけいないであります、仕事はキリキリやるであります!」
「わ、分かった、分かったって」
ジョースターにどなられ、ピトラは葉っぱさがしをつづけました。
目をさましたピトラが、ラグヤと仲直りできたかって?
それは、言うまでもないでしょう?
【おしまい】
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