テストなんかじゃ、おこられない
ごんぱち
「ピトラ君、もっとがんばりなさい」
ゴレイト先生が、算数のテストをピトラにかえします。
「はあい」
ピトラは心のないへんじをして、テストをうけとります。
たしかに点は、いつもよりよくないです。
「つぎ、ラグヤ君」
「……はい」
「また前半分しか出来てなかったよ。後の問題は、そんなにむずかしかったかい?」
ラグヤが何か言う前に、先生はつづけます。
「分からないことがあったら、何でも先生に聞きなさい。なやみごとがあるなら、なんでも相談にのるよ。それに勉強だけじゃなくてもっとスポーツをしなさい。スポーツをしないで本ばかり読んでいると、人の心が分からない大人になるからね。きみはグズでノロマだから、マラソンとかが向いてるんじゃないか? どうした? なんで何も言わない? ちゃんとしゃべらないといけないぞ、やっぱりスポーツをしなさい、スポーツはすばやい判断力をつけるからね。どんなとっくんもやってあげるよ、そうだ、日曜日に学校に来なさい。見てあげよう」
「……先生」
「やっと返事をしてくれたね。よかった。そうそう、それがコミュニケーションの最初ってもんだ。だまってたら何もはじまらないよ。良いなら良いって言えばいいし、イヤならイヤと言えばいい、でも何も言わないとなんだか分からないからね。なんだ、まただまりこんで、ネクラだな、何度も同じことを言わせるんじゃない、ちゃんとはっきり大きな声でしゃべりなさい」
「……ボクはとても先生を尊敬しています。先生の言葉の一つ一つにとても感動しました、先生はボクが今まで出会った大人の中で、いちばんすばらしいひとです。子どもの気持ちがこんなにも分かるなんてすばらしいです。お父さんとお母さんも、いつもほめています。テストの点なんかにこだわらない、ひとを育てることの先生だ、今の時代にはめずらしい、本当の人生の先生だって」
「いや、あ、はは、そうかい? はははは、そんな大したもんじゃないけど、ははははは! いやあ! そうかそうか! うん、まあテストの点なんて、世の中に出たらどうでもいいことだしな! うん、ひとの気持ちが分かることがいちばんだ、うん、それいがいはゴミみたいなもんだからな! お金も勉強もどうでもいいんだ、うん」
ラグヤは席にもどります。
「ラグヤ」
後ろの席のピトラが小さく声をかけます。
「よく、あそこまでどぎつい皮肉、言えるね?」
ラグヤは半分ふりむいて、笑いました。
「……あれを皮肉と気づく先生なら、説明もする気になるんだけどね。フフフ」
「おうピトラ、ラグヤ! テストどうだった?」
「そうだそうだ、どうだった?」
放課後、となりのクラスのサリスとノクタがやって来ます。
「……ボクはこれ」
ラグヤはテストを見せます。
「なんだ、また間に合わなかったのか?」
「……まあね」
「でも、書いてるところはみんなあってるぞ。三問目なんてノクタのクラスは、みんなまちがってたのに、すごい」
ラグヤのテストを見ながら、ノクタも感心しています。
「あっ、本当だな。これどうやってとくんだ?」
「……なかなか、いじわるなひっかけなんだよ。こうやって、こう」
「なるほど、それは気づかねえなぁ」
「そうだそうだ、気づかないぞ!」
「気づくわけないよ、ほかにだれかとけたのかな……」
「それで、ピトラはどうだ?」
「そうだそうだ、どうだった?」
「ぼくはこれだよ」
ピトラもテストを見せます。
「がははは、今回はオレのかちだな!」
「じゃあ、ノクタがいちばんだぞ!」
点は、ノクタ、サリス、ピトラ、ラグヤのじゅんばんでした。
「ピトラ、おこられるぞー」
サリスがニタニタわらいます。
「そうだそうだ、おこられるぞ」
「え? なんで?」
テストをランドセルにもどしながら、ピトラは首をかしげます。
「なんでって、テストの点が悪かったら、お父さんとお母さんにおこられるだろ」
「そうだそうだ、ノクタはよくおこられるぞ」
「……うちはべつに」
「お父さんとお母さんは、テストで何にも言わないよ?」
「ウソつけ、『もっと勉強しなさい!』って言われるだろう?」
「そうだそうだ、『これでは、うちをつげないぞ』って言われるだろ?」
「……もう歯医者さんコースなんだね、ノクタ」
「そんなこと、一度もないよ」
「それは今まで、ちょっと点が良かったからだな」
「そうだそう――ん? ピトラの点は、いつもそんなに良くないぞ」
「いや、ノクタとくらべると、みんな悪いけどな」
サリスはニタニタ笑いを、ニッタラニッタラ笑いにします。
「こんなに悪い点だったら、そりゃあもうおこられるぞ。ばんごはんは抜きだし、泣いてもゆるしてもらえないし、ほかの家にやられちゃうかも知れないぞ」
「そこまでやったら、むしろギャグじゃないかな」
「サリスも、ヘンなこと言うんだから」
ピトラはぶつぶつ言いながら、家のドアをあけます。
「――ただいまー」
「おかえりなさい、ピトラ」
お母さんのピピラさんが出むかえます。
「ええと、今日――」
「おやつ出来てるわよ、ポテトといっしょに食べて」
お母さんは仕事中みたいで、ちょっとつかれた顔をしています。
「あ、え? うん、はい」
ピトラは、テストのことを何となく言いそびれてしまいました。
(べつに、お母さんはおこったりしないよ、サリスたちもヘンなこと言うんだから)
「にいちゃん! おやつ!」
妹のポテトが、テーブルについてどなります。
「分かった、分かった」
ピトラもイスにすわります。
おやつは、フレンチトーストです。
「いただきます」
「いただきまーす」
(テストっていうのは、分からないところを見つけるものだから、後で勉強すればいいんだって、お父さんも言ってたし)
ピトラはフレンチトーストを食べて、牛乳をのみます。
(テストの点で、おこられるなんておかしいや)
カタン。
「え?」
「にいちゃん!」
ふと気がつくと、ポテトが牛乳のマグカップをたおしていました。
「あっ、ポテト! 今ふくから、動くんじゃないよ!」
夕方になって、お母さんが台所でばんごはんを作りはじめました。
トントントントン……。
包丁の音が、リズミカルにひびきます。
ピトラはそのお母さんの後ろすがたを見ながら、立っています。手に、テストを持って。
(って、何で足音消して、コソコソ入って来てるんだよ!)
ピトラはすぅっといきをすいこみます。
「お、おか、おかかか」
「そうね、おかかを入れるとおいしいかもしれないわ」
お母さんは、カツオブシのパックをあけました。
「ベタなギャグはいいからさ!」
「まあまあまあ! ピトラにツッコミを入れられる日が来るなんて! 大きくなったわね」
「どちらかというと、お母さんへのツッコミじゃないんだけど……ツッコミって、大きくなったしょうこなの?」
「声を出せばしゃべれ、しゃべればつっこめの親心って言うでしょ」
「ぼくもまだ小学生だから、ことわざとかそんなに知らないけど、多分言わないんじゃないかと思うなぁ」
「それで、何?」
手を休めずに、お母さんはたずねます。
「う、うん」
ピトラはテストをばっと広げて見せます。
「今日、テストがかえって来たから!」
それを見たお母さんは、ピトラが思っていた通り、おこったりはしませんでした。
おこったりは、しませんでしたが。
(えっ、ええええっ!)
「ぐすっ……」
涙を流しはじめました。
「あ、その、これは、ええと、そんな、なんて言うか!」
泣かれるのは、おこられるより、なお困るものです。ピトラは大あわてで何か言おうとしていると――。
「え? どうしたの?」
お母さんは涙をふきながら、不思議そうな顔をします。
「はっ、しまった! 料理中の涙ってことは!」
お母さんはタマネギをきざんでいました。
「くうっ! こんなベタなネタにひっかかるなんて!」
ピトラも、まだまだなのでした。
「ただいま」
晩ごはんが出来上がったころに、お父さんのポポトさんが帰って来ました。
本当言うと、お父さんが帰って来るのに合わせて、お母さんは晩ごはんを作っていたんですけどね。
「おかえりなさい、お父さん。今日テストかえって来て、点はこんなだったんだよ!」
ピトラは息もつかずに言って、テストを見せました。
「どれどれ?」
お父さんはテストを見ます。
「まちがえたところ、ちゃんととけるかい? 分からなかったら説明してあげるよ」
「ラグヤに教えてもらったから大丈夫」
「そうか、なら安心だね」
(ほら、お父さんだって、おこったりしないんだ)
ピトラはホッとしてテーブルにつきました。
でも、まだ心臓がバクバクいっていました。
晩ごはんを食べて、お風呂に入って、ピトラは自分の部屋にもどります。
机の上に、テストを広げます。
「どうだい、お父さんもお母さんもおこったりしないんだよ。うちは」
じぃっとテストを見つめます。
「テストの点なんか――」
「にいちゃん、あそぼう!」
「うわああっ!」
とつぜん、ポテトが入って来ました。ポテトはノックのやり方を知りませんから、いつもとつぜんです。
「な、ななな、なんだ、ポテトか」
「そうだ、ポテトだ。そうされいじょうでも、ヤリイカでもない」
「それ以上でも、それ以下でもないとか言いたいんだろうけど、さっぱり分かんないよ」
「なんだこれ」
ポテトは、ピトラのテストをつかみます。
「あっ、こら、かってに!」
「わああ、兄ちゃん!」
(う……ポテトに笑われるのは、ちょっと)
「すごい、兄ちゃん!」
ポテトが本当にびっくりした顔で、ピトラを見ます。
「え?」
「ポテトがぜんぜんわかんないもんだいなのに、マルがついてるのがあるぞ。すごい、ラグヤみたいだ!」
「君のほめるラインはそこか」
「さすが、しょうがくせいだな、にいちゃん!」
夜もおそくなって来ました。
ピトラは遊びつかれてねむってしまったポテトをおんぶして、となりのお父さんとお母さんの部屋へつれて行きます。
と。
『ひどかったね、あれは』
『そうね……さすがに良くないわ』
ドアごしに、お父さんとお母さんの声が聞こえて来ました。
『いいとこもいっぱいあるんだけどね』
『点がとれないんじゃ、しかたないわ』
『そうなんだよね……』
(えっ、えええっ!)
ピトラは、そのまま固まってしまいました。
『やっぱりよそにやった方がいいんじゃないか』
『そうね、ほしがってるとこ、あるでしょ』
(あ、わ、わわわわ、た、た)
『ちょっと、さびしいけどね』
『しかたないわよ、あれじゃあ』
(い、いやまてよ)
ピトラは大きくしんこきゅうをして落ちつこうとします。
(いくらなんでも、テストの点がわるいだけで、よそにやられるなんて、ありえないから。そうだよ、たとえば……そうだ、サッカー! ちょうど、ワールドカップだし)
考えてみると、ピッタリ合います。
(サッカー選手のことだと思えば、お父さんとお母さんの話は通じるぞ)
たしかに、サッカー選手だと思えば、通じます。
まあ、できのわるい子を、よそへやってしまう話だとかんがえても、話は通じるんですけね。
「やかましい!」
ピトラはドアをあけます。
「お父さん、お母さん!」
「おや、ピトラ?」
「ああ、ピトラ」
でも、サッカー選手の話ではありませんでした。
(えええええっ! じゃあ本当に!)
お父さんとお母さんは、テレビで野球を見ていたのです。
「野球ね、うん、野球だと思ってたよ」
「どうしたんだい、ピトラ。そんなにあわてた顔して?」
「なんか今日、ようすがヘンよ?」
「いやぁ、何でもないよ、ハハハ」
ピトラはポテトを背中からおろします。
「はい、ポテト、ねちゃったから」
「ありがとう、いいお兄ちゃんだね、ピトラは」
「よくねてるわね」
「じゃ、ぼくもねるから」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ピトラは自分の部屋にもどると、ベッドにつっぷしました。
「……なんか、ものすごく、つかれた」
テストをつかんで、じぃっと見ます。
「おこられはしないけど」
ごろりところがって、あおむけになります。
「もう少し、いい点、とろうかな」
【おしまい】
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