はじめてのキップ
by ごんぱち
「はい、ピトラ」
お父さんのポポトさんが、ピトラに電車のキップをわたします。
「うん、ありがとう」
ピトラはキップをうけとります。
キップです。
ピトラはまじまじとキップを見つめます。
(キップだ!)
うれしくて、うれしくて、ちょっとさけびたくなりました。
(はじめての、キップだ!)
そう。
小学校にあがって、ピトラもキップがひつようになったのです。
(もう、赤ちゃんじゃない、大人――じゃ、ないけど、フツウの子どもなんだ)
しかくくて、うらが茶色いキップは、かどがとがって、さわるとチクチクします。
(ぼくのキップだ。ぼくだけの!)
はしっこに、日づけと、なんだか分からないけど、4つのすうじがならんでいます。
(えへへへ)
「いくよ、ピトラ」
お父さんがこえをかけます。
「うん、いこっ」
ピトラはお父さんといっしょに、かいさつぐちに来ます。
(かいさつぐちだ)
ごくり。
ピトラは、つばをのみこみます。
見つめるさきは、かいさつぐちのキカイです。
あのキップを入れるところは、すごい早さでキップをのみこむのです。
(うっかりしたら、手までのみこまれるかもしれないぞ――なーんてね)
ピトラはわらいます。
(そんなわけないよ)
ピトラだってわかっています。町の中にあるキカイに、そんなにあぶないものはありません。
それにお父さんやお母さんがこれをとおるのを、なんども見ているのです。
(こんなのカンタンさ)
「ピトラ、さきに行きなさい」
お父さんがピトラをさきにすすめます。
「う、うんっ」
ピトラは、きかいのキップを入れるところに、キップをちかづけます。
(こんなの、カンタン……カンタン)
ゆっくり、ゆっくり。
(手なんか、のみこまれない)
そろり、そろり。
(だいじょうぶ、へいきっ!)
キップが、キカイに。
ふれ。
た、しゅんかん!
(うわっ)
いつのまにか、ピトラの手からキップはなくなって、キカイのむこうがわから出ていました。
ピトラはキップのなくなった手を、あわててひっこめます。
(び、びっくりした)
こきゅうをおちつけながら、ピトラはかいさつきをとおります。
(こんなに早くキップがすいこまれるなんて、目のまえで見るとやっぱりちがうなぁ)
ピンポーーーン!
『キップをおとりください』
「うわああっ!」
まうしろから声をかけられて、ピトラはこんどこそとびあがってしまいました。
「なっ、なな??」
ピトラがおそるおそるふりかえると。
ピトラの入れたキップが、まだかいさつきにのこっていました。
そう、あわてたピトラは、キップをとりわすれたのです。
(うう……かっこわるい)
ピトラはキップをとってポケットにつっこみました。
『電車がまいります、はくせんのうちがわまで、おさがりください』
ホームに電車がやってきます。
(かいさつではちょっとかっこわるかったけど、電車の中ではちがうぞ)
ピトラはお父さんとつないでいない方の手をぎゅっとにぎります。
(ぼくはもう、大きくなったんだから、つりかわにだってつかまれるんだ。おとしよりやよわっているひとにせきをゆずることだってできるし)
ぷしゅーーー。
ドアがひらきます。
ピトラとお父さんは電車に乗りこみます。
「あ、あれ?」
ピトラはあんぐりと口をあけてしまいました。
電車の中はガラガラ。
みんなすわっていて、せきをゆずるあいても、つりかわにつかまるひつようもありません。
「むぅ……」
ピトラはむずかしいかおをしたまま、お父さんのとなりにすわりました。
(いつもはあんなにこんでるのに!)
電車はうごきだしました。
(ちぇっ)
ピトラはぼんやりと電車の中づりこうこくをながめます。
ひらがなと、カンジを少し、それに夢の世界の言葉ならよめるピトラですが、こうこくに書いてあるものはむずかしくてよめません。
さんかくとかしかくとか、さんすうっぽいもんだいがかかれたこうこくもありましたが、やっぱりよめません。
(せっかく、キップをもってのったのに、これじゃゼンゼンかわらないや)
まどの外を、けしきがながれていきます。
(なにかよめないかなぁ)
ピトラはまたこうこくを見ます。
(うーむ、ひらがなだけだと、なんだかわからないし……うーんと、えーと)
いっしょうけんめいこうこくを見ていると――。
(う……)
おなかの中が、なんだかムカムカしてきました。
(なんか、きもちわるく、なってきた)
ゆれる中づりこうこくを、いっしょうけんめいながめていたのです。よってもムリありません。
(せっかく大きくなったのに、きもちわるくなるなんてもう……)
ぷしゅーーー。
電車がようやく駅にとまりました。
ピトラとおとうさんは電車からおります。
(あー、うごかないじめんだー)
きもちがわるくて、でもそれをずっとガマンしていたせいで、ピトラはフラフラです。
「どうかしたかい、ピトラ?」
「なんでもないよ、あは、ははは」
ピトラはむりやりわらいました。
ふたりは、かいだんをのぼって、かいさつぐちに来ます。
「さあて、ピピラさんとポテトはもう来てるかな」
お父さんはかいさつきをとおります。
それにつづいてピトラも――。
「あっ、そうだ」
(キップがあるんだった。えへへ)
ピトラはポケットにつっこんでおいたキップをとりだします。
(これだけでも、大きくなったしょうこってもんだよ。そうだよ、うん)
ピトラはキップをかいさつきに入れました。
と。
バタン!!
とびらがしまってしまいました。
「ええっ!?」
(で、出られない!?)
『かかりいんまで、おもうしでください』
「な、な、ど、どうして?」
ピトラはもどされたキップを見ます。
(キップじゃないものを入れちゃったのかな?)
いえ、たしかにキップです。
ただし。
「ああピトラ、クシャクシャになってるからだよ」
お父さんがかいさつきのむこうがわから、ピトラのキップを見ます。
「えっ、ダメなの?」
ピトラのキップは、ポケットにぎゅっとつっこまれていたせいで、おれてクシャクシャ。かいさつきで、うまくしらべられなかったのです。
「そっちの駅員さんのいる方をとおりなさい」
「……はい」
(あああーーーーもう、かっこわるいったら!!)
「ピトラ、ポポトさん!」
まちあわせばしょのデパートのおくじょうには、お母さんのピピラさんと妹のポテトがまっていました。
「おまたせ、ピピラさん、ポテト」
「とうちゃん、おそい!」
ポテトがぎゅっとお父さんの足にしがみつきます。
「それじゃ、お昼食べに行こうか。よさそうな店、見つけたのよ」
「そうだね。行くよ、ピトラ、ポテト」
「はい」
「ごはーーーん」
ポテトはお父さんに手をひかれて、ピトラはそのあとについて歩きます。
「そうだピトラ」
お母さんがピトラを見ます。
「今日、はじめてキップつかって電車のったんでしょ? どうだった?」
「えと、その」
ピトラは口ごもります。
しっぱいばっかりだったとは、言えません。
ところが。
「すっかりお兄ちゃんらしくなってたよ」
お父さんが言いました。
「えっ?」
ピトラはおもわずお父さんを見つめます。
(お父さん、ウソいってる?)
「キップをちゃんとかいさつきに入れられたし、どこかに行っちゃうこともなかったし、電車のせきにもしずかにすわってたし、かいさつきがうまくうごかなくてもないたりしなかったし」
「そっか、えらかったわね、ピトラ」
お母さんは、ピトラのあたまをやさしくなでました。
(そっか、そうおもってくれたんだ)
ピトラはホッとしてわらいましたが。
(……でも、それって、むかしはものすごくダメな子だったってイミじゃ?)
さあ、どうでしたっけね?
<おしまい>
|