ピトラの冒険18   千足とQの絵本ワールド



ごんぱち       


「ここって、ほんとうにプールなの?」
 カメのゲンさんのせなかにのったピトラは、あたりをみまわします。
 すいへいせんのむこうまで、みず、みず、みず。
 ピトラがしっているプールで、こんなにひろくてふかいものはありません。
「がははは、まあな」
 ピトラをのせたままで、ゲンさんがわらいます。
「ここは、ゆめのせかいでも1ばんのプールだ。クジラもノヅチもデイダラボッチもおよぎにくるってんだから、まあ、ちいさなうみぐれぇはあらぁあな」
「……ゲンさん、うみはみんなつながってるんだから、おおきいもちいさいも、ないんじゃない?」
「がははは、こりゃいっぽんとられた」
 ゲンさんは、みずのうえをスイスイすすみます。
 あるくときのおそさが、ウソみたいです。
「それで、そのわるいオニヒトデっていうのは、どこにいるの?」
「ああ、どうやらプールのまんなかで、でっけぇカオして、なんにちもいすわっているらしい」
「えっ? ヒトデにカオなんてないんじゃない?」
「……ピトラ、おまえカソとつきあうようになってから、ちょっとツッコミがきびしくなってねぇか?」
「そ、そうかなぁ」
 ピトラはみずをのぞきこみます。
 きれいなみずでした。
 ずぅっとそこまでみえそうです。
「もぐるぞ」
「えっ!」
 ピトラがいきをとめるまもなく、ゲンさんはいきなりみずにもぐりはじめました。
「うわっ、うわっ、わわわ!」
 ピトラもすこしはおよげます。
「おぼれる! おぼれる! おぼれる!!」
 でも、こんなにふかいプールのまんなかでもぐったら、ぜったい、りくにたどりつけません。
「ゲンさん、まって、ねえ! おぼれちゃうって!」
「おぼれてねえだろ?」
「え?」
 きがつくと、ピトラはみずのなかにいました。
 でも、ぜんぜんくるしくありません。それどころか、ふつうにはなしもできます。
「どうなってるの? このプールって、みずじゃないの?」
「なあに、ちょいとおいらのチカラでな。ピトラのまわりにくうきをのこしてるのさ」
「ゲンさんって、そんなことできたの?」
「みずのことなら、ゲンブのゲンさんにまかせな、ってな」
 ピトラたちは、どんどんプールのおくふかくへすすんでいきます。
 とおくに、なにかがみえてきました。
 ほしみたいな、ひとのてみたいな――それにしては、ゆびがいっぱいありすぎるみたいな。
「ゲンさん、あれって……」
「オニヒトデだ」
 ゲンさんは、ピトラをのせて、アシのいっぱいあるオニヒトデにちかづいていきます。
 ちかづいていきます。
 ちかづいて。
 ちかづいて。
 ちかづいて。
「ち、ちょっと、ゲン……さん?」
「なんだ?」
「すごく、とおくない?」
「ああ」
「しかもなんか、おおきく、なってない?」
「ちかづいてるからな」
「あのさ、ヒトデ、だよね?」
「おう。オニヒトデだ」
「……ゲンさん、ちょっときくけど、ゆめのせかいのヒトデって、ふつう、どれぐらいのおおきさ?」
「んー? まあ、ちいさいので、5ケンぐらいかな」
「ケン?」
「ああそうか。ピトラにわかりやすくいうと、十メートルぐらいだな」
「じゅ!?」
「このヒトデはとくにでけぇから、まあ1000メートルってとこか」
 ピトラをのせたゲンさんはようやく、ヒトデにたどりつきました。
 みわたすかぎり、ヒトデ。
 ――というよりも、なんか、もう、じめんでした。
「お、お、お、お、おっっっっっきいぃぃぃぃぃぃ!!!」

「あっ、ゲンさん、きてくれたんですね!」
 さかなみたいな、ひとみたいないきものが、やってきます。
「おう、ダァゴか」
 ゲンさんがわらってあいさつします。
 さかなのかおに、にんげんのからだがついたダァゴは、なんだかかいぶつみたいで、かなりこわいです。そのうえ、うしろにはおなじようなすがたのひとたちを、いっぱいひきつれています。
「そっちのこは、だれですか?」
「ピ、ピトラです」
「そう。カワイイねぇ」
 ダァゴはピトラのカオをのぞきこみます。めが、ギョロギョロうごきます。
(う、ち、ちょっと、こわい)
 ピトラはひきつったわらいをうかべます。
「さあて、それじゃ、チャチャッとかたづけてやるからみてな!」
 ゲンさんは、からだをおおきくしはじめます。あたま、からだ、うで、あしと、じゅんばんにおおきく……。
 ところが。
「あっ、ゲンさん、ちょっとまってください!」
 ダァゴがあわててさけびました。
「なんでぃ?」
 あたまだけおおきくなったすがたで、ゲンさんはききかえします。
(うわぁ……ゲンさんのいまのかたちも、ちょっとこわい)
「いえ、はなしをきいてみたんですけど、どうもちがうみたいなんですよ」
「ちがう?」
「ええ。このヒートさんは、かえりたいのに、かえれないんだそうで」
「なんだそりゃ? かえりたいならかえりゃいいじゃねぇか?」
 そのときです。
『かーらーだーがー、はーずーれーなーいーんーでーすー』
 ものすごくおおきく、ゆーーーっくりしたこえが、きこえてきました。
 あんまりこえがおおきくて、みずがビリビリふるえました。
「な、な、なな!?」
『ゲーンーさーんー、たーすーけーてー、くーだーさーいー』
 オニヒトデがしゃべっているのです。
 からだのおおきさどおり、ものすごいこえです。
「ゲンさん、オニヒトデが、たすけてって」
「どうやら、チカラづくでどうこうってハナシじゃねえみてぇだなぁ」
「うん。それはいいんだけど、ゲンさん」
「なんだ?」
「そろそろ、カオだけおっきいの、やめてくれない?」

「ヒート、つまりおめぇは、そこにくっついてはなれなくなった、と、そういいてぇんだな?」
 からだをすこしおおきくしたゲンさんは、ピトラをのせて、オニヒトデのヒートのまわりをおよぎます。
『はーいー』
「ピトラ、なんかみあたらねえか?」
「うーん、ないなぁ……」
 ヒートは、プールのそこにくっついています。からまるようなものもないし、なにかがつかまえているということもありません。
(それにしてもおっきいなぁ……あっ!)
「ゲンさん!」
「なんだ?」
「ひょっとしたら、おもたくてもちあがらないんじゃない?」
『そーんーなーわーけー、なーいーでーしょーー』
「ひぃっ!!」
「そうだぞピトラ、みずのなかだとからだはかるくなるんだからな」
「わ、わかった、わかったから、ヒートはいきなりしゃべらないで、こわいし」
『ごーめーんー』
 ヒートは、うでをいっぽんうごかして、あたま(たぶん、そんなかんじのところ)をかきます。
(ああ、はしっこはうごけるんだ)
 ゲンさんはヒートのまわりをゆっくりまわっていきます。
 どのばしょからみても、なにかにひっかかっているってかんじじゃありません。
(はしっこはうごくのに――あっ)
「ヒート!」
『なーにー?』
「うでとかあしとか、ぜんぶうえにあげてみて! できる?」
『だーいーじょーうーぶー』
 ヒートはぜんぶのてをうえにあげます。まるで、おおきなおおきなはなが、とじるみたいです。
「すげえな、これだけでけぇと」
「ゲンさん、ほら、あれ!」
 ピトラが、プールのそこのヒートとくっついているあたりをゆびさしました。
 ヒートのからだのまんなかのあたり。
 にんげんでいうと、おなかのあたりが、スッポリはまっていました。
 プールの、はいすいこうに。

 ヒートになんぼんもロープがかけられました。
「さあて」
 からだをいちばんおおきくしたゲンさんが、じゅんびうんどうをしています。おおきさは、ヒートとおなじぐらいです。
「じゅんびはいいか!」
 ゲンさんはぐっとロープをつかみます。
「おおお!」
 ピトラやダァゴたちも、ロープをつかみます。
「せぇえええの!」
 よいしょ!
 よいしょ!
 よいしょ!
 よいしょ!
 はずれろ、ヒート!
 ひっぱれ、ゲンさん!
 きれるな、ロープ!
 ピトラも、いっしょうけんめいにひっぱります。
『うーごーかーなーいーねー』
「おめぇもふんばれ、ヒート!」
『あー、そーかー』
 ヒートもぜんぶのあしで、ふんばります。
 うんしょ!
 うんしょ!
 どっこいしょ!
 ぬけろ、ヒート!
 ふんばれ、ゲンさん!
 まけるな、ロープ!
 ヒートのからだがひっぱられ、はいすいこうにはまったおなかがのびます。
「もうすこしだよ!」
 ピトラがさけびます。
 えいやっ!
 そらやっ!
 うんとこしょ!
 こいつで、ヒート!
 さいごだ、ゲンさん!
 ひっこぬけ、ロープ!!
 ぎゅうううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!
 ロープでおもいっっっっきりひっぱられたヒートのからだは、ぐぅぅぅぅぅっとのびて……。
 ぷちっ。
「え?」

「ヒート……?」
 ヒートははいすいこうからぬけました。
 でも。
「きれちゃった」
 そうです。
 まっぷたつに、きれてしまいました。
「こいつぁ、まずい……なぁ」
 ゲンさんがこまったかおをします。
「そう、です、ねぇ」
 ダァゴたちも、どうしたらいいかわからないみたいです。
「お、おいしゃさんだよ、おいしゃさん!」
 ピトラがどなりました。
「そ、そうだ、イシャだ、イシャはどこだ!」
「ええと、まっぷたつになったばあいは、どのイシャがいいんでしょう?」
「ぼくは、はいしゃさんと、しょうにかしかいったことないよ!」
「ヒトデってははあるのか?」
「あったって、いまはしょうがないでしょ!」
 そのときです。
『ねーえー』
『ねーえー』
「あれ?」
「え?」
「おや?」
『はーずーれーたー』
『はーずーれーたー』
「ヒート? ケガ……は?」
『だーいーじょーうーぶー』
『だーいーじょーうーぶー』
 ことばのとおり、ちぎれたはずのヒートは、いつのまにかもとにもどっていました。
「ああ、よかった」
 ピトラは、むねをなでおろしました。
「びっくりさせやがって、こいつ」
 ゲンさんもわらいます。
「いや、いちじはどうなるかとおもいました」
 ダァゴたちも、やっとおちついたようすです。
『じゃーあー、ぼーくーはーかーえーるーねー』
『じゃーあー、ぼーくーはーかーえーるーねー』
「うん!」
「こんどは、つまるんじゃねえぞ!」
「またダァゴプールをりようしてください」
『まーたーねー』
『まーたーねー』
 ヒートはプールのそとのうみへ、かえっていきました。
「じゃ、わたしたちは、はいすいこうのフタをなおしにいきます」
 ダァゴたちも、かえっていきました。
 ピトラとゲンさんは、すいめんにでました。
 おおきなおおきなヒートは、まだみえています。
「ねえ……ゲンさん」
「なんだ、ピトラ?」
「とちゅうからさ、ヒートがふたりいるようなきがしたんだけど、きのせいだよね」
 ピトラはめをこすります。
「ああ、きのせいだろ」
 ゲンさんもめをこすります。
「いまも、さ。ふたりみえるんだけど、きのせいだよね」
「おう、きのせいにきまってらぁ」
 ピトラとゲンさんはわらいました。
 なんかもう、むりやりわらいました。
<おしまい>




●洒落の分かる方へのまめちしき(一段落目だけ本当)
 ヒトデは、ちぎれても再生します。
 そのため、ヒトデを退治しようとして、切り刻んで海に捨てても逆効果になります。

 それについて、こんな話があります。
 中世ヨーロッパのとある漁村で、ヒトデが大量発生しました。ヒトデは漁業の敵。漁民たちは、自らの手で大規模な掃討戦を行いました。
 この時に使用されたのは、古代ローマ帝国で作られたトコロテンを押し出す道具に似た器具でした。しかし、中世の技術力では目を再生限界まで細かくする事は出来ず、かえってヒトデを増やしてしまいました。
 時の詩人たちは、ヒトデで一杯の海を見て「空よりも星の多い海」などと形容して、漁民たちの感情を逆撫でしました。
 事態を重く見た領主は、詩人たちを追放するとともに、各国よりキャベツ刻み職人を集め、緑色に塗ったヒトデをキャベツと偽って刻ませました(ギルド支配の強い中世では、キャベツ刻み職人がキャベツ以外の物を刻むことは大罪だったのです)。
 これにより、ようやくヒトデを再生限界以上に刻む事ができ、捨てられたヒトデの残骸は星の砂となりました。
 この戦いの詳細と詩人の末路は、『海に蠢くもの』(H.T.デブクラフト著:ヘヤカワ文庫)に脚色を交えて描かれています。