キトラの冒険
作:ごんぱち
その119『ハンマーいっぱつ鏡開き』


「さあ、降ろしますにゃ!」
 セラハイス商店会長の猫のアサネスが声をかけると、みんながロープを引っぱります。
「よいしょおおおお!」
 滑車につながったロープの先は、鏡餅につながっています。
 鏡餅の上の段はもう下に降ろされて、下の段だけです。下の段は上の段よりずっと大きくて、キトラの腰ぐらいの高さの厚みがあります。鏡餅はかわいてヒビだらけになっていますが、ずっしりと重く、町内会のみんなで引っぱり上げるのがやっとなのです。
「ぃよいしょおおおおおお!」
 それでも、みんなで一生懸命に引っぱるうちに、少しづつ鏡餅がもちあがりはじめました。
「上がったにゃ!」
「今だッ!」
 わきにひかえていたひとたちが、鏡餅が置かれていた三方を大急ぎで片付け、ムシロを広げて大急ぎで離れます。
「降ろすにゃあああああああ!」
 ロープをささえていたひとたちが、ロープをゆるめます。力つきて手をはなしたのとあまりかわりありません。
 ずしぃいぃぃいいいいいいいん!
 大きな音がして、鏡餅はムシロの上に落ちました。

 キトラとカモメのジョースターを乗せたランドボートは、街道を猛スピードで進んでいました。
「ううっ、始まっちゃってるかな、鏡開き」
 オールをこぎながら、キトラはいたたまれない顔をしています。
「徹さんがいないと、あんな大きな鏡餅が割れないよ……」
「キトラ社長、わざわざ迎えに来た自分たちが無駄足をふんだだけの事であります。にんげん、あきらめがカンジンであります」
 ジョースターもオールを動かしながら言います。
「犬にオモチャの鉄砲をくわえられた時、無理にはなそうとしてもダメであります。あげちゃっても良いさ、というぐらいの方が離してくれるのであります」
「……父親の教えか何か?」
「マンガで読んだのであります」
「名前ネタは使わない心づもりか……」
 キトラは表情を引きしめて、またオールをこぎます。
「とにかく徹さんに会おう」
 ポケットから紙を取り出します。
 徹さんが残した手紙でした。
『もうしわけない、友達エイトリに子供が生まれた。急ぎ祝福に行かねばならぬ。鏡開きを行いたければニダヴェリール町に来られたし』

 街道を走り、街を抜け、雪の峠を越えて、平原を横切った先に、岩山が見えて来ました。
 そして、山のふもとに町が見えて来ました。お日さまをおおうようにそびえる岩山と、あちこちから立ち上る煙のせいで、町は全体に薄暗く見えます。
「よしっ、着いた! 徹さんは――」
 言いかけて、キトラはあんぐり口を開けます。
「ちょっと見ないうちに大きくなったのであります」
 町のまん中の広場。
 赤い髪とヒゲを生やして、筋肉がムキムキについている男のひとがあぐらをかいています。キトラも何度か会った事のある、セラハイスの近くで農業をしている徹さん、そのひとでした。
 けれど、まわりにいるひとたちは、あぐらをかいているはずの徹さんのヒザほどの背しかありません。
 徹さんは大きい方ですが、ここまで大きくはありません。
「あ、ああ、アレだ、気が大きいからそんな風に見えるってヤツだ、きっと」
「少年漫画ロジックでありますね」
 キトラとジョースターがあいまいに笑っていると。
 操作をし忘れたランドボートは、すぅっと進んで、町の周りを囲む壁に、こつん、と、ぶつかりました。
「え?」
「へ?」
 ランドボートから壁の内側の町が見えます。
 建物は小さくて、キトラとくらべても半分より大きいひとはいません。
「ドヴェルグの町だったのか」
「ドワーフとも言うのであります」
「おお! 運送屋の!」
 徹さんが広場から手をふりました。

「いや、本当にすまんかったな」
 徹さんは深々と頭を下げます。
「いえ、お子さんの誕生、おめでとうございます、エイトリさん」
「おめでとうであります。子供が生まれる事は良いことであります」
「すまんのー」
 エイトリは赤ん坊を抱いたまま笑います。キトラのヒザまでしか背はありませんが、肩はがっしりしていて、ヒゲはもじゃもじゃです。
「キトラさん、鏡開きは出来ておらんのだな?」
「あ、はい。少なくとも、10分前の電話では」
「今から飛ばせば、鏡開きが終わる前に戻れるのであります」
「いや、それは無理だ」
 徹さんは首を横にふります。
「ミョルニルの恩のあるエイトリの子、誕生の祝福は日の出と正午と日没と正子、1日4回一週間きっちりやるつもりだ。だがかわりに」
「おうよ」
 エイトリは、ハンマーをキトラたちの前に置きます。クギを打つものの10倍も長さがあって、1000倍も重さがある、工事に使うような、柄の長いハンマーです。
「クレイン・ミョルニル。ミョルニルほどのパワーはないが、うまく打ち下ろせば岩も砕く。鏡餅の一つや二つなら、大丈夫だのー」
「うまく……?」
「コツさえつかめば簡単だ」
 徹さんは立ち上がります。
「特訓だ!」

 キトラは徹さんに連れられて、山の中にやって来ました。
 赤い岩がゴツゴツしていて、草や木がほとんど生えていません。ちょうど、サビた鉄みたいです。
「ニダヴェリールの土は赤い、そして、岩も赤い……」
「小学生にそんな古いネタ言われても」
「ほれ」
 徹さんは、キトラにヒゲそりをわたします。
「ん? ぼく、そるようなヒゲなんかないよ」
「まゆげをそるのだ」
「そんな事したらかっこわるいよ?」
「うむ。まゆげをそると人前に出られん。そうすると、山で修行をするしかなくなる、と、こういうあんばいだ」
「それは知ってるけど、ぼくは時間はかけたくないんだよ」
「むむ、そうだったな。ならば、心のまゆげをそれ!」
「……言いたいことは分かったよ」
「心のまゆげをそりおわったところで、特訓を始める!」
 徹さんは、ハンマーをかまえます。ひじから先ぐらいの長さしかない柄に、人の顔ぐらいのヘッドがついているバランスの悪いハンマーです。サビともまたちがう、赤くかがやく金属でできているようです。
 キトラも、エイトリからうけとったハンマーを両手で持ってかまえます。
 ずしりと重さが腕につたわって来ます。
「まずは素振り100回! ワシに続け」
 振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす。徹さんとタイミングをあわせて、キトラはハンマーで地面をたたきます。
(……あれ?)
 持っていた時にはずしりと重かったハマーが、降り始めるとなんだか軽くなったようです。
(魔法かな――ぬおっ!?)
 いきなり重くなって、キトラは前へつんのめります。ハンマーが地面に落ちてめりこみます。
「気を付けろ! 気を抜いていたらケガするぞ!」
「でも、何か重さが変わって」
 キトラはハンマーを拾いながら言います。
「うむ、そう感じたのなら、間違ってはおらん」
「どういう魔法?」
「魔法ではない。クレイン・ミョルニルは、重さのバランスをきっちりかっちり取っているので、ただ、重さにまかせて振り下ろした時に、一番力を使わずに衝撃を出す事が出来るのだ」
「へえ……?」
「逆に、妙な力を入れて重さに逆らえば、まともに振り下ろすこともできん」
「ハンマー1つでも色々あるんだなぁ」
「さあ、続けるぞ!」
 
「……98、99、100!」
 素振りが終わり、キトラはその場にたおれこみます。
「ふぅううううう、疲れた!」
 バットや竹刀とはケタちがいの重さのハンマーを100回も振ったのです。キトラの手は疲れ切ってプルプルとふるえています。
「よし、ご苦労。これで大丈夫、今日のうちは割れるだろう」
「今日?」
「さあ、行った行った、今からならまだ間に合うだろう?」
「あ、そっか、それで来てたんだっけ」
 キトラはハンマーをかついで、山を下って行きました。
「キトラ、か」
 それを見送りながら、徹さんはつぶやきました。
「良い素質を持って――は、いねえな。特にハンマーの才能とかは、ねえな。まあ、餅ぐらいなら割れるだろうが」

 鏡開きのプログラムの最後の催しのカラオケ大会が始まりました。
「ううむ、帰って来にゃい」
 アサネスは、テントの下のイスにこしかけ、ためいきをつきます。
「商店会長、そう気を落とさずに」
 カソがおしるこを持って来ます。
 あずきの中にカボチャを入れた、カボチャしるこです。
「お餅はなくても、これでじゅうぶんおいしいですよ」
 カソは笑います。
「お餅のおしるこよりも、カボチャの方が栄養ありますしね」
「……けれど、これにお餅を入れれば、完璧だったにゃ」
 アサネスは立ち上がります。
「ま、落ち込んでてもしかたにゃい。カラオケをもりあげるだけもりあげて、うやむやにするにゃ」
 かたわらのハコから、金ぴかの着物とチョンマゲのカツラを出します。
「カソさんにはバックダンサーを頼むにゃ。サンバで目一杯はじけるにゃ」
「って、その格好は、マツ――」
 カソの顔色がかわります。
「さあ行くにゃ! 踊るにゃ、はじけるにゃ!」
「ま、待って! そのネタしょっぱい! 古い、ハンパに古い! ちょっ、やめて!」
「キリキリ踊るにゃ」
 アサネスはカソのえりくびをつかまえて、ステージへ歩いて行こうとします。
「やめてぇええ! キトラぁあああ! 早く来て下さいぃいいい!」
「お待た!」
「にゃ?」
「へ?」
 アサネスとカソの後ろには、ホコリだらけ、ドロだらけのキトラが立っていました。

 鏡餅の周りには、みんながびっしりとつめかけ、さながらアメをはこぶアリのようです。
 そして、その人囲いの中に、キトラがいます。手には、クレイン・ミョルニルが光り輝いています。
「行くぞぉおおおおおお!」
「おおおおお!」
「やれーー」
「がんばれーー!」
「イス下さい、社長ぉおおーーー!」
 みんな口々に声援を送ります。
 キトラはクレイン・ミョルニルをすっと持ち上げます。
 特訓でもう力なんてこれっぽっちも入らない手。
 でも、クレイン・ミョルニルはすぅっと振り上がります。
 キトラは持ち上がった勢いそのままに、身体ぜんぶでのけぞってから、前へ。
 まるで全身が鞭にでもなったかのようにしなり、そして最先端のクレイン・ミョルニルのヘッドに力が集まり――。
 がごおおおおおおんん!!
 鏡餅はバラバラにくだけちりました。

 数日が過ぎました。
 キトラとアサネスは、キトラ運送の社長室にいました。
「いやー、お見事だったにゃ、キトラ社長」
 アサネスは、鏡開きの写真をキトラに手渡します。
「お餅の具合も良かったよ。しっかりかわいててね」
 キトラは照れくさそうに笑います。
「これからは、キトラ社長に鏡開きをお願いできますにゃ」
「はは、それなんだけどね」
「にゃ?」
 キトラは社長室の壁に立てかけてあったクレイン・ミョルニルを手にとって、よろよろとふりおろします。
 ごっ。
 ヘッドが床にぶつかって、鈍い音を立てました。
「腰でも痛めたんですかにゃ?」
「そうじゃないんだけど……上手く振れないんだよ」
 キトラはクレイン・ミョルニルを置きます。
「どうやら、あれは、手や腕が疲れ切った時にしか出せない一発みたいで」
「だったら、次の時もそうすれば」
「嫌だよ、正月から疲れるなんて」
「にゃんと」
「アサネスさんにあげるから、使ってよ、クレイン・ミョルニル」
「い、いや、わたしは会長としての仕事があるにゃ、こういうのは、そう、カソさんに願いするのが良いですにゃ」
「じゃ、後はよろしくって事で」
「ご遠慮しますにゃ!」
「遠慮はいらないよ!」
「ぬぬぬ」
「むむむ」
 キトラとアサネスの責任のなすりあいは、いつまでもいつまでも続きました。


【おしまい】