キトラの冒険
作:ごんぱち
その99『母の日のおとどけもの』


「こんにちは、キトラ運送です!」
 キトラは、大きな赤いカーネーションの花束をさしだします。
「まぁー、あーりーがーとーうー」
 50000メートルぐらいある、オニヒトデのおばさんは、うれしそうにわらいます。
「それから、これもです」
 キトラはもうひとつ花束を出します。
「まーあー、まーあー、あーりーがーとーうー」
 おばさんは、かなりゆっくりしゃべります。
「いーつーのーまーにーかー、こーどーもーがー、ふーえーてーてー、うーれーしーいーわー」
 オニヒトデのおばさんは、カーネーションの花束を2つもって、幸せそうです。
「では、うけとりにサインをおねがいします」
「はーいー」
「まいどありがとうございましたー」
 キトラはおじぎをして、ランドボートにもどりました。それから、オールをこいで、すすみはじめます。
 地面からうかびあがっているランドボートは、オールのおこす風の力ですいすいすすみます。
「ええと、つぎは……」
 今日のランドボートは、大きなコンテナを引っぱっています。
「――えーと、ここだな」
 キトラは小さい島の海岸でランドボートをとめます。
「すみませーん! オオドシマさん!」
「なに?」
 虫メガネじゃないと見えないぐらい小さな、サンゴ虫が出て来ました。
「なんの用? おしうり? 集金? 警察? 市役所? PTA? それともなに? どうなの? 用がないの? さっさと話してよ。だから話してって。はやく、こっちもそれなりにいそがしいんだから。ほら、はやく、はやく! ねえ、聞いてるの?」
 サンゴ虫はものすごい早さでしゃべります。
「お、おとどけものです」
 ツメの先ほどの、つくりもののカーネーションをキトラはさしだします。
「おっ、うれしい! ありがとう! いやぁ、もつべきは子どもね! あなた結婚してる? いいものよ。なに? まだしてないの? する気ないの? いや、ごめんね、そういうのきかれるのイヤな時あるよね。でも返事ぐらいはしてもいいと思うよ。イヤならイヤではっきり言わないと、そりゃああたしは話を聞くタイプだから良いけど、勝手にすすめちゃうひとだったら、ヘンなことになっちゃってるかも知れないよ!」
「ここにサインをお願いします、ありがとうございました!」
 サインをもらって、キトラはまたランドボートにもどります。
「……ふぅ」
 キトラはお弁当を開きながら、ためいきをつきます。
「母の日って、夢の世界にもあったんだなぁ」
 塩ジャケをかじります。
「しかもこんなにおとどけものでカーネーションをわたそうとするひとが多いなんて」
 キトラは母の日に夢の世界に来たのは初めてなのです。
「いっしょにくらせばいいのに」
 ご飯を食べ、さといもを食べ、それからまた塩ジャケを食べます。
「つぎはどこだっけな」
 ぼんやり考えながら、コロッケを食べます。
「ええと……」
 ウメボシをちょっとかじって、ご飯をほおばります。それから、キャベツとニンジンの野菜いためを食べます。
「ほうふぁ(そうだ)」
 ごくん。
「千年山のてっぺん、だった」

 千年山ロープウェイの乗り場に、キトラはやって来ます。
「あー、そうか、なんかサクサク進められると思ったら、ボケるひとがいないんだ」
 キトラはしっかりとした――たぶんカーネーション入りの――箱をかかえて、ロープウェイにのります。
 ロープウェイはすごいスピードで山をのぼって行きます。
 どんどん地上が遠くなっていきます。
 もう雲の上です。
 でも、千年山はまだまだずっと上までつづいています。
 鳥や竜が飛んでいるのが、キトラの目と同じぐらいの高さに見えます。
「てっぺんまで半日かかるんだよなー。あー、なんかタイクツだなぁ」
 小さいロープウェイには、キトラしか乗っていませんから、話をする相手もいません。夢の世界だから、携帯電話でゲームもできません。
 キトラはロープウェイのシートにねそべります。
「キレイな空だなぁ」
 ロープウェイのまどから見える空は、すみきっていて、すいこまれそうです。たまに竜や鳳凰が光をちらしながら飛んでいくようすは、空を宝石でかざりつけているようです。
「……まあ、もうけっこう見なれたけど」
 キトラは体をおこします。
「あーあっ、せめて本でも持って来ればよかった」
 おとどけものの箱を見ます。
「読むモノなんて、にもつのあてなぐらいのもんだよね……」
 キトラは箱をながめます。
「送り主は、『クロウリー』さん、か」
 ながめます。
 じぃぃぃっと、ながめます。
「……んー」
 見つめます。
「これ、中身、本当にカーネーションかな?」
 キトラは箱の横の、手でもつために空いている穴をのぞきこみます。
「ん? あれ? カーネーションじゃない?」
 中にちらりと見えたのは、白いもの。
「んーー?」
 キトラは穴に顔をちかづけます。
 でも、キトラの顔がカゲになって、箱の中が見えなくなってしまいました。
「だとしたら……」
 キトラは光が入るように顔をずらしながら、目の半分だけ使って箱をのぞきます。
 中には白い、ぎざぎざした花びら。
「やっぱり白い……けど、これ、カーネーションだな?」
 花びらの色は白いですが、形はまちがいなくカーネーションでした。
「白いカーネーション……あ」
 キトラはふと思い出します。
「たしか、白いカーネーションは、もういないお母さんにあげるものだったハズ……そうか」
 大きくうなずきます。
「……なんかおかしいと思った」
 キトラはなっとくした顔です。
「千年山のてっぺんは、ロープウェイの駅と売店とバンジージャンプできるガケがあるぐらいで、すんでるひとはいない。きっとこれは」
 白いカーネーションの入った箱をさすります。
「千年山でお母さんをうしなったひとがおくったんだ」
 目頭をおさえます。
「そのひとは、お母さんのことをわすれずに、いつも母の日にはカーネーションをささげていたんだ。でも、今日はどうしても行けない用があって、キトラ運送にたのんだ。そうか。そういうことだったんだ」
 ぴん、と、せすじをのばします。
「わかったよ、お客さん。ぼくがリッパにかわりをするよ! キミは今日来れなかった、でも、キミの心はたしかにとどけるよ。キトラ運送は、モノをとどけるだけじゃない、そこにこめられた心もとどける。それが、運送って仕事をするものの、ココロイキってヤツだよ!」
 ――千年山のてっぺんが見えて来ました。

 ロープウェイからおりたキトラは、地図を手に千年山のてっぺんを歩きます。
「こっちがガケ下へのルート、それで、こっちが展望台……よし、こっちだ」
 キトラは展望台へ歩きます。
 大きな樹に階段をつけた、灯台みたいな展望台です。
 キトラは階段をのぼります。
「ああ……いいけしきだ。こんなところなら、安らかにねむれる、よね」
 のぼるごとに、見はらしがよくなっていきます。
 ロープウェイも売店も目の下になって、山々がつらなり、ところどころに雲がワタをしきつめたようにモコモコしていて、飛びこんだらあたたかくつつんでくれそうに見えます。
 どんどんキトラはのぼって、ついに展望台の上にやって来ました。
 すぅっとふきわたる風はつめたくもさわやかで、このまま空にまぎれてしまいそうです。
「ここで、フタをあけて、花を出してほしい、と」
 お客さんからたのまれた通りに、キトラは箱のフタをとります。
 中に入っていたのは、やっぱり白いカーネーションの花束でした。
「お母さん、息子さんのクロウリーさんは、あなたのことをわすれていませんよ。どうか、安らかに――」
 その時です。
 強い風がふきました。
「あっ」
 白いカーネーションは空にまいあがって、それから。
「んー、んまいんまいっ! いやぁ、うまい!」
「は……ぁ!?」
 キトラは、目の前で飛んでいるものを見つめます。
 頭が黄色くて、ハネが黒くて、飛んで行きそうになったカーネーションをすばやくとらえてむしゃむしゃ食べている――。
「いやぁ、ありがと、ありがとぉね、こんなうまいカーネーション、ひさしぶりバイ」
「……虫?」
「あたしは、クロウリハムシのテラニシ。クロウリーの母親バイ」
「生きてるの!?」
「なん? クロウリー、なんかヘンなコト言っとった?」
 まだ口をもぐもぐさせながら、テラニシは首をかしげます。
「いや、そうじゃないけど……ええと、これ、母の日のプレゼント……なの?」
「そうバイ」
「だって、白いよ?」
「赤いのはシブいんよ」
「あ……そ」
「いやぁ、うまかった! ありがとぉな!」
「いえ、まいど、ども。こちらに、その、サインをお願いします」
「はいはいっ、ほい」
 テラニシはうけとりにサインをします。
「あの……ひとつだけ聞いていいですか」
 うけとりをポケットにしまいながら、キトラはたずねます。
「なん?」
「なんで、こんなところにとどけることになってんですか?」
「あたしのお母さんが、この千年山ロープウェイを作るときに働いててな? その時がけくずれの事故があって、ケガをした作業員をたすけたかわりに自分が土砂にのまれたんよ。それから、母の日はここに来る事に――」
「それ先に言ってよ! 今さらどうしようもないよ、この後づけ乙みたいな空気!」
「ほら、お母さんが来はったよ」
「って、生きてるの!?」
「土砂にのまれただけで、死んだとは言ってなかバイ。ただ、当時の作業員のひとたちが、パーティーをひらいてくれるんよ。よかったら、運送屋さんもどうね?」
「パーティーかっ! わざわざ山まで来て、パーティーがあるだけなのか、けっきょくそうなのか! わかったよ、さんかするよ! 大いにのみくいさせてもらうよ!」
 キトラのヤケッパチなツッコミは、広い広い大空へすいこまれて行きました。
「それもなんだかワケわかんないよ!」

【おしまい】