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キトラの冒険
作:ごんぱち
その97『あわて床屋によろしく』
「んー」
夢の世界のキトラ運送に来た、まだらうさぎのキトラは、仕事を終わらせてから、きゅうけい室でかがみを見ます。
「んーー」
「どうしたのでありますか? 社長?」
カモメのジョースターがたずねます。
「いやね、ちょっと、髪がのびて来たな、って思って」
「切ればいいのであります」
「でもさ、こっちで切ったとして、ぼくの世界にもどったらどうなるのかな?」
「こまかいことを気にするとは、社長は小者でありますなぁ」
「うるさいよ」
「社長の世界にもどれば、髪は元どおりですぞ。ちょっとしたキズも、なおっていたでしょう?」
自分の仕事をきりあげた親方がやってきて、答えます。
「そっか。べんりなもんだなぁ」
「何年こっちの世界に来ているのでありますか。社長は注意力がサンマンであります。いや、1マンぐらいしかないのであります」
「……オヤジギャグとか良いから」
キトラは、またかがみを見ます。
「そっか……ぼくって、こっちでケガしてもダイジョウブなんだ」
「はい。ケガはタマシイそのもののキズになりますから、肉体はあまりかわりませんな」
「……それって、もっとこわい気がするんだけど」
「ははっ、髪の毛ならそれもないでしょう」
「だったら」
キトラはなっとくした顔です。
「ちょっと、行って来るよ」
「今まで入ったことなかったもんね、こっちの床屋さん。これも経験、経験……」
つぎの日の昼休み、キトラは商店街の床屋さんにやってきます。
床屋さんの前には、血管をあらわす赤と青、それからほうたいをあらわす白がからみあったポールが立っています。
「これはいっしょなんだな」
ドアには、「カットの店 ヘイヘイヘイ!」と書いてあります。
「なんか、みょうなノリだけど、まあ、床屋は床屋だろう」
キトラはドアをあけます。
ぷん、と、洗面台みたいなにおいがしてきます。
「いらっしゃいませ」
そこには床屋さんの――。
カニがいました。
せなかには、うらみにゆがんだ人の顔がうきあがっています。
「……カニ?」
「いらっしゃい。わたくし、ヘイケガニのハセガワともうします」
手のハサミをしゃきん、と、ならします。
「仕立屋のヘイさんじゃないの?」
「ああ、ヘイスケをごぞんじで? あれは、私の兄なのですよ」
「ぞんざいな後づけせっていだな……」
キトラは空気を読まないツッコミをしました。
「さ、どうぞ」
ほかのお客さんはだれもいないので、キトラはまっすぐイスにあんないされます。
「う、あ、ええと、あのヘイさんの……いや、まあ、しっぱいしても、だし、うん……」
キトラはイスにすわります。
「ええと……ちょっと、色々ゆらいで来たんだけど」
「今日はどうしましょう?」
「んーと、ええと……全体を2センチぐらいづつ切って」
「はい」
ハセガワは、キトラにケープをかけさせてから、きりふきで水をかけます。
「いつもはどちらで?」
「え、と……」
キトラは口ごもります。
「おやごさんですか?」
「はい……わりと。お父さんが、切ってくれること、多くて」
「そりゃあ大したもんだ。のびてもしっかりまとまってますね」
「そう? えへ、えへへ」
キトラの髪をクシでととのえてから、ハセガワは自分のハサミをちょっとといで、切りはじめます。
しゃき、しゃき、ちょき、ちょき。
リズミカルにハサミがなって、毛がパサパサおちていきます。
「ふんふんふんふん〜」
手ぎわはとっても良く、鼻歌まじりです。
(あー、この歌、聞いたことあるなぁ……ふふんふんふんござる……ちょっきん……)
なんとなくキトラも頭の中でいっしょに歌います。
「ふふんふんふんふんふんふん……」
(……ふんふん……て……)
歌いながら。
(ちょ! この歌!)
キトラははっきり思い出していました。
(カニの床屋の歌じゃないか!)
耳のちかくでハサミの動く音がします。
(あれって、客のウサギがカニをあんまりせかすから、耳を切り落とされるっていう歌じゃないか!)
キトラは耳がぞわぞわしはじめます。
(たまにオープニングでウサギを強調と思ったらこれだよ!)
「お客さん」
「ひっ! はっ、はいっ!」
「この後、用事でもおありですか? それでしたら、いそぎで」
「いそがない、ぜんっっっっぜんいそがないよ! 日がくれるまでやってていいよ!」
「お昼から日がくれるまでは大変ですね、はっはっは」
ハセガワはわらって、ハサミをまた動かしはじめます。
(いや、落ち着け、ただの歌じゃないか。ああ、そうだとも、ただの歌だ)
キトラは小さくしんこきゅうをします。
(大体、ちょっとあわてたからって耳を切り落とすようなとんでもない床屋が、今の今まで店をしていられるワケがないよ)
「わたしね、先週まで会社づとめをしていたんですよ。店をかまえて床屋をやるのが夢だったんですが、そのお金がようやくたまりましてね」
(って、はじめたてだよ! 事故、たまたま起きてないだけかも知れないよ!)
「ふ、うん、おめでとう」
心の中はおおあれですが、キトラはとりあえず笑顔です。
(……あわてるな、ああ、あわてるな。そもそもが、江戸時代じゃあるまいし、ちゃんとシカクをもってるんだから、どんなにシッパイしたって、耳はやんないって)
頭では分かっていますが、キトラの体はガチガチに固くなっています。耳もピンとのびたまま、動かせません。
ハセガワのハサミが、しゃきしゃきチョキチョキなっています。
「ふんふふふふんふーん……」
同じ鼻歌です。
(だめだっ、こわい、こわすぎる! もう帰ろう、切りかけだってかまわない、ファッションだと言えば良い! そもそも、ウサギに髪の毛とかないし!)
とんでもないツッコミをしていますが、スルーです。
「あの……ぼく、いそぐので、もう、ここで、良いで……」
「なに? いそぐんですか?」
ハセガワはにかっと笑います。
「安心して下さい、2分でしあげます」
ものすごいスピードでハサミを動かしはじめます。
(ぎゃああああああ! 切れる、切れる、耳切れる!)
「いや、1分1秒がおしい感じの――」
キトラは言いかけますが、ハセガワは集中していて聞こえないみたいです。ハサミが残像で1000本ぐらいに見えて、まるで千手観音です。
「ふふんふんふんふんふん、ふふんふんふんふんふんふん!!」
鼻歌もアップテンポです。
(こわいこわいこわい! にげよう、もうにげよう! そうだ、そうとも、ぼくの世界にもどれば良いんじゃないか!)
キトラは目を閉じます。
やって来る時と同じように、ねむれば元の世界です。
(ねむれば……ねむれば……)
耳のすぐそばをハサミがとおり、シャキシャキと音を立てます。冷たい刃が、たまに首すじにあたります。目を閉じているから、なおのこと感覚がとぎすまされているようです。
(ねむれるかあああああ!)
「ふんふんふんふーん!!」
(かくなる上は、むりやりでもあの手を止めさせる! ちょっとぐらい手を切られたって、耳を切りおとされるよりはずっとマシだ!)
キトラは歯をくいしばり、おなかにぐっと力を入れて、ハセガワのハサミをつかもうと――。
「終わりました、これでよろしいですか?」
ハセガワはにっこりわらって、キトラのあたまのうしろをもう一枚のかがみで見せました。
「……ただいま」
キトラはきゅうけい室にもどって来ます。
ジョースター、親方、ガースがお茶を飲んでいました。
「おかえりなさいであります、社長。あ、床屋さんに行かれたのでありますね」
「さっぱりしましたな」
「ばっちりきまってヤス。良いうででヤスね、どこの床屋さんヤスか?」
「……そう」
キトラはイスにだらりとこしかけます。
「じゃ、帰るから」
「え? もうでありますか?」
「ねむってもどって来たら、元にもどってしまいますぞ」
「もったいないでヤスね」
「……しずかにしててよ」
キトラは大きなためいきをついて、それから、自分の耳をぎゅっとにぎって目をとじました。
【おしまい】