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キトラの冒険
作:ごんぱち
その96『ファンヒーターは灯油をつかう』
昼ごはんを食べたあと、キトラと妹のタウラは、リビングでコタツにあたりながら、テレビをみています。
「――あはは、イスからころげおちって、いったいいつまでやるんだろうねー」
「にいちゃんのわらいのツボは、どうかしている」
外はこがらしがふいて、とてもさむいですが、へやの中はあったかです。
ファンヒーターからはあたたかい風が出ているし、コタツもポカポカです。
「ふぅ、かたづいた」
「あ、お母さん」
2階からおりてきたお母さんのアスタさんが、コタツに入ります。
「あー、あったかい」
「おかあさんのしごとべやも、あったかくすればいいと、タウラは思うぞ」
「あったかいとねちゃうのよ。デスクワークっていうのはね」
「そうなのかなぁ」
キトラはまた、テレビをみます。
番組がおわって、CMになりました。
「つぎは何やってたかなー」
キトラがリモコンと新聞を見ている時です。
ぴぴぴぴぴ……。
音がして、ファンヒーターが止まりました。
「え?」
「あれ?」
キトラたちは、ファンヒーターを見ます。
「あらあらあら、灯油(とうゆ)が切れたみたいね」
アスタさんは、ファンヒーターのフタをあけて、中から灯油タンクをとりだします。
クリーム色をしたしかくいタンクです。下に丸いキャップがついています。
キトラはそれをじぃっと見つめます。
アスタさんはキトラのようすにきづいてから、にっこり笑って言いました。
「灯油、入れてみる?」
「はいっ!」
「……ヒマじんだな、にいちゃんは」
「うるさい」
かってぐちの土間に、赤いポリタンクがあります。そのよこに赤いフタのポンプがあります。このポンプで灯油を、ファンヒーターの灯油タンクにうつすのです。
「……ってとこまでは、たまに見てたから分かるんだよね」
キトラは灯油タンクのキャップを上にして土間におくと、古新聞でキャップをつかみ、くるくるまわしてゆるめます。
それから、ポンプでポリタンクと灯油タンクをつなぎ、ポンプの上の赤いところをにぎります。
「せーの」
しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ!
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ……」
しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ……。
「キトラ、使い方がちがうわよ」
「え?」
「まず、赤いのの上にあるキャップをしめて?」
赤いところの上に、ネジのようなキャップがついています。
キトラはこれをきゅっとしめます。
「それから、その赤いとこをにぎるの。いっぱいじゃなくていいわ。ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっってぐらい」
「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅっ……」
キトラが赤いところをにぎると、ぐぅっと重い感じがあって、クダの中を灯油が上がりはじめました。
「うわあ、入ってる、入って来たよ!」
「あとは、たまるまでほっといていいわよ」
アスタさんの言う通り、灯油はひとりでに灯油タンクにたまっていきます。
「なんで、ひとりでに入るのかな」
「ポリタンクの灯油の方が、上にあるからよ。あとは、空気の力ね」
「なるほどね」
キトラはよくはわかっていませんでしたが、なんとなくわかったようなフリをしました。
「あ、そろそろだ」
灯油タンクに灯油がたっぷりたまって来ました。
「じゃあ、さっきしめたポンプのキャップをゆるめて」
「はいっ」
キトラがポンプの赤いところのネジのようなキャップをゆるめると、ポンプからみるみる灯油がぬけていきました。
「へー、不思議なもんだなぁ」
感心しながらキトラがポンプを灯油タンクからひきぬきました。
「あ」
ポンプのくだの先からたれた灯油のしずくが、キトラの手につきました。
「どうしたの、キトラ?」
よそみをしていたアスタさんがたずねます。
「う、ううん、なんでもないよ」
キトラは笑って、灯油タンクのキャップをしめました。
キトラは洗面所で手を洗います。
洗って、洗って、洗って、それからタオルでふいて。
くんくん……。
「う」
キトラは顔をしかめます。
「灯油くさい」
そう。
キトラの手には、灯油のにおいがついてしまったのです。
セッケンで洗ったのですが、どうもおちません。
(セッケンじゃダメなのかな……まあいっか。どうせすぐに消えるさ)
キトラは手をふいて、リビングにもどって来ます。
「おお、にいちゃん、もどったか。田中さんチームが、すごい強いぞ!」
テレビをみていたタウラがふりかえってキトラに声をかけます。
「白の太田さんチームは、カドをとらなかったからな、あれがうらめに出たぞ」
「そう」
キトラはコタツにあたります。
コタツにあたりながらテレビをみますが。
手はいつのまにか、鼻のちかくへ来て――。
(うわ……くさい)
手をコタツに入れます。
(いや、だからほっとけばいいって)
またテレビをみます。
テレビに集中し始めると――。
(うわ、くさい)
いつの間にか手を鼻に近づけていました。
(気にしない気にしな――くさい――いや、うん、気にしないったら気にしない――くさい――気にしないんだってば――くさい――)
わすれようとすればするほど、においが気になってしまいます。
「ええいっ!」
キトラはコタツから出ます。
「ど、どうした、にいちゃん? またおかしくなったのか?」
「またってなんだ! ぼくはいつもまともだよ!」
キトラはリビングから出て行きました。
机にむかって、キトラはじっと手を見ます。
「……セッケンでもダメだとすると、ほかのにおいのするものでごまかしてみようか」
ひきだしをあけます。
どこかでひろった石やクリップ、えんぴつ、それからケシゴム。
キトラはケシゴムをとります。
青くてラムネみたいなにおいがついているケシゴムです。ちなみに字は消えません。字を消せる白いケシゴムは、ふでいれの中です。
「これだ」
キトラは青いケシゴムで手をこすりはじめます。
(こんないいにおいのするケシゴムなら、灯油のにおいをごまかせるはず……)
ごしごしごしごしごしごしごしごし……。
手が赤くなってきました。
「よし、そろそろいいかな……」
キトラは手を鼻にちかづけます。
「……むぅ、くさい」
キトラは、お父さんとお母さんの寝室にやってきます。
タンスのわきにおいてあるのは――。
「あった!」
服なんかにつかう、においけしスプレーです。
「これを手につければ、消える……かな」
スプレーをじぃっと見つめます。
「でも、こういうのって、体に使っていいのかな?」
スプレーのうらの注意書きをみます。
こまかい字で、注意がいっぱい書いてあります。
「ええと……ひっくりかえして使わない、色がおちることがあるからたしかめて使う、目に入った時は洗う……?」
スプレーをおきます。
「目に入ったらあぶないものじゃ、ハダにもよくないよ、ね」
キトラは自分の部屋にまたもどって、本棚から辞書を引っぱりだします。
「においを消す、においを消す……におい?」
「におい」のところを読みます。
「消し方なんか書いてないなぁ」
ページをめくります。
「それとも、灯油? うーむ」
けれどやっぱり、においの消し方は書いてありません。
(お母さんのパソコンで調べた方がいいのかなぁ……)
辞書をとじます。
(でも、勝手に使ったらダメだし、お手伝いをしっぱいしたなんて知られたくないし……)
そして、本棚にもどします。
「よし、また、洗ってみよう!」
キトラはセッケンで手を洗います。
くんくん……。
(ダメだ)
つぎに、ツメのブラシでゴシゴシこすります。
くんくん……。
(これもダメ!)
お風呂場から、シャンプーをとって、手につけます。
シャンプーのにおいが広がります。
しっかり洗って……。
(少しうすまった?)
くんくん……。
(いや、やっぱり灯油のにおいする)
こんどは、お父さんのヒゲそりクリーム。
(なんか、ギリギリだな。お父さん、ヒゲそってるってことになってるんだ……)
ふかく考えないことです。
(やっぱりまだにおう……よし)
キトラはタオルをぐっとにぎります。
「あきらめた!」
キトラはコタツにあたってタウラとテレビをみます。
「あー、なんかゴルフになっちゃったな」
番組が一つおわって、ゴルフの番組がはじまります。
「つまんない、DVDみるぞ。ガンバだ、ガンバ」
「……あれは、エンディングがこわいからなぁ」
「はやおくりすればいい」
「それより、世界の料理ショーにしない?」
「あれは、スティーブがもったいぶってるのがきにくわない」
「……あれはああいうネタだよ」
キトラとタウラが話していると、アスタさんがやって来ます。
「おやつよ、キトラ、タウラ」
おぼんには、やきたてのクッキーがもられたお皿と、牛乳の入ったマグカップが3つ。
「おお、おかあさん、きょうははりきったな」
「いいにおいだね」
「食べましょ」
テーブルにクッキーと牛乳がならびます。
「いただきまーす」
「いただきます」
「めしあがれ」
タウラがさっそくクッキーをほおばります。
「うむふ、おいしいぞ!」
「……タウラ、口に入れたままでしゃべるんじゃないよ」
キトラもクッキーをいちまい。
やきたてのクッキーの香ばしいかおりと――灯油のにおい。
「うあああああああ!」
手でもっているから、なおさらはっきりわかってしまいます。
「あらあらあらあら、キトラ、どうしたの? なまやけだった?」
「おかあさん、そんなことないぞ。きちんとやけてるぞ。これなんか黒くて、いずみやしげるみたいだ」
タウラはこげたクッキーをおいしそうに食べます。
「そこは手作りの味ってものよ」
「い、いやハァ、おいしい、よ?」
(う……くさい。食べものといっしょになると、なんとも言えずつらい)
「薬でものむみたいな顔してるわよ? あ、わかった」
アスタさんは、なっとくした顔をします。
「虫歯でしょう? もう、だまってるから」
「え、いや、ちがうから!」
「すぐになおせば、どってことないわよ」
「ちがうって、手が灯油のにおいするだけだから!」
「え? あらあらあら、うふふっ」
少しおどろいた顔をしてから、アスタさんは笑います。
「言ってくれればいいのに。灯油を入れると、どんなに気をつけてもけっこうにおいがついちゃうのよ。わたしもよくあるわ」
「そうなの……? だったら、においをおとす方法は……」
「それは知らないけど、じきに消えるわよ」
「……そう、なんだ」
「お手伝いありがとうね」
アスタさんは、クッキーをとって、キトラにさしだします。
「はい、あーん」
「え? い、いいよ、そんな、ちっちゃい子じゃないんだし」
キトラはあわててことわろうとします。
「おいしくできたものは、おいしく食べてもらわないと、作ったかいがないわ。ほら、あーん」
キトラはだまって口を開けます。
クッキーはほんのり温かくて、少しやわらかくて、とてもいいかおりがしました。
「おいしい」
「そ、よかった」
キトラの手から、灯油のにおいがなくなったのは、つぎの日でした。
【おしまい】