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キトラの冒険
作:ごんぱち
その94『走れキトラ』
キトラは激怒しました。
「ちょっ! いたいじゃないか、タオーゼ!」
「はははっ、お先!」
タオーゼはどんどん先に走って行ってしまいました。
「ううっ、冷たい時にたたかれるとすごいいたよ!」
ぼやきながら、キトラもグラウンドを走ります。
「もっと元気よく! ファイトー! ファイトだ!」
ジニアス先生は、すごいスピードで走りながら、キトラたちに声をかけています。
「ほらラグヤ君! もっとがんばって走れ! 君には速さが足りない!」
キトラたちは、グラウンドを大きく回っています。
今日の体育の授業は、マラソンなのです。
でも冬の風はとてもとても冷たくて、半そで半ズボンのキトラたちはさむくてたまりません。
「走ればっ、あったかくなるっ、とかいうけどっ!」
いきをきらせながら、空気をすいます。おなかの中までつめたくなっていくみたいです。
「ムリ、ゼンゼンムリだよ!」
授業ははじまってから、まだ15分しかたっていません。
「ひぃ、ふぅ、寒いっ、寒いっ!」
キトラが走っていると。
「まったくだぜ、ううっ」
サリスとならびました。
ふたりは、しばらくいっしょに走ります。
「競争、とか、する……?」
「じょうだんはやめてくれ。ヘンなところでとばしたら、ぶったおれちまう」
「だよね……」
ハキのないわかものです。これも、ピコピコとゲームばかりしていたせいです。ぜんぜん外で遊ばないから、ちょっところんだだけでホネをおるような、よわよわしいモヤシっ子になってしまったのです。これだからさいきんの子供は、だらしないのです。
「それ、あんたが子供のころに言われたことだよね!? ねえ?」
そうとも言う。
「30年も前から同じことを言ってんの?」
おかめはちもく、人は自分のことはあんがい見えないものなのです。
「どうしたキトラ、また電波か?」
「……いや、そういうあやしいのじゃないから」
キトラたちの走るずっと前を、だれかが走っています。
「あれは……」
少しづつ間がつまっていきます。
ゆっくりした動きで走っているのは。
「ラグヤ」
「……ああ、キト、ラ、サ、リス」
「周回おくれか。ダイジョウブか?」
サリスが心配そうにたずねます。
前にいましたが、ラグヤのほうがずぅっとおくれているのです。
ラグヤの顔はくるしそうで、足は重そうです。
「ほらほらほら、もっとガンバ! ガンバ! ガンバの冒険だ! わはっ、わはははは!」
走って来たジニアス先生が、キトラたちにまた声をかけます。
「サリス君、キトラ君、サボるんじゃない、もっとスピードが出せるだろう! いっしょに走るのは、本当の友情じゃないぞ!」
「ちょっと話してただけじゃないか……」
「まったくだ」
ふまんそうな顔をしつつも、キトラとサリスはラグヤを置いて先へと走ります。
「ラグヤ君! そんなにちんたらやってたら、歩いてるのとかわらないぞ! 学校の勉強なんかどんなにできたところで、スポーツができなかったらカッコわるくってみっともないぞ、わはははは! 走れ、走れ! ちゃんと走れ、ガンバレ、ガンバレ! ガンバレーボールだ!」
ジニアス先生は、言うだけ言って走って行ってしまいました。
「……学校の勉強という意味では、体育も同じだと思うけどね」
ラグヤがぼそりとつぶやきました。
「う……」
キトラの顔がゆがみます。
「痛い……痛い、痛たたた……」
おなかの横のところが、痛みだします。
「うぅっ、痛ぁ……」
「どうした、キトラ?」
サリスがたずねます。
「わきばらが」
「ああ、アレか……」
「どうしたキトラ君!?」
ジニアス先生がやって来ます。あいかわらずものすごいスピードで、キトラたちを何周もおいぬいていることになります。
「このへんが痛くて」
「はははは! 運動不足だからだぞ! 走れ! もっと走れば痛みなんてどっかいっちゃうぞ! そら、サリス君はサボらない!」
「お、おう」
サリスはちょっとだけキトラを心配そうな目で見ましたが、そのまま走って行ってしまいました。
「ううっ、痛いよぅ……」
キトラはおなかの横を手でおさえて走ります。
ヘンな汗が出て来ます。
「なんだなんだ、キトラだぞ!」
キトラより少しおそく走っていたノクタがおいついて来ました。おなかの痛いキトラと、なんともないノクタで、ちょうど同じぐらいのスピードです。
ふたりはしばらく走りますが。
「ええと……おなか痛いから」
「そうかそうか、気をつけるんだぞ」
ノクタが先へと走って行ってしまいました。
「話、あんまり合わないんだよね、ノクタとは」
キトラは走って走って走って走って、おなかが痛いのをおさえてもっと走って走って走って走って。
ついに、授業の終わりのチャイムがなりました。
「じゃあ、これで今日の体育は終わりだ! どうだ、いっぱい走って、体がポカポカしてるだろう? わっはっはっは!」
「終わったぁ……」
キトラたちはヨタヨタと昇降口に行き、うわばきにはきかえて。
教室の中に入ると。
ふわり。
「あ……」
ストーブもエアコンも使っていないのに、ほんのちょっと暖かい空気でした。
しんまで冷たくなった手足が、ほぐれていくみたいです。
「……温かい」
ジニアス先生は、キトラたちを見回します。
「どうだ、冷たい中を走ったからこそ、温かさが気持ちいい。マラソンってのは、いいものだろう? わははは!」
「はあ」
「まあ」
「そうですね」
「はい」
キトラたちはあいまいに返事をしました。
「スポーツはいいなぁ、サイコーだ! さて、先生は着がえて来るからな! 君たちもさっさと着がえてまっているように!」
笑って、ジニアス先生は教室から出て行きました。
「温かいのが気持ちいい……ねぇ」
キトラは、冷たくてジンジンとしびれる指先をもみほぐします。なんかかゆい感じがします。
「冷たいのはつらいよ」
「でも、温かいのがありがたいのはたしかだぜ」
「そうだそうだ、温かいぞ」
「……でもそれってさ」
ラグヤが言います。
「不良が、子犬を助けていいひとよばわりされるのと、あんまりかわらなくない?」
「あー」
「言われてみれば」
「たしかだぞ」
キトラはまだ冷たいままの手をもみほぐしました。
まどから見える空は、どんよりとくもっていました。
【おしまい】