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キトラの冒険
作:ごんぱち
その93『雪と言ったら』
まっしろな雪のしゃめんを、キトラはスキーですべりおります。
「うひょおおおおおっ!」
スキー板を「ハ」の字にするあまりスピードの出ないボーゲンというすべりかたですが、それでも気持ちが良いものです。
空気は冷たくかわいて、雪はサラサラしていて、シュガーパウダーか、かたくりこみたいです。
「いやほぅい!」
下までおりて、キトラはぎゅっととまります。
「よーし、もう1回すべろう」
「元気でありますな」
カモメのジョースターが、キトラのあとからすべりおりて来ました。どこでころんだのか、体じゅうに雪がくっついて、雪ダルマみたいになっています。
「さいきんはマンガでもそんなのないでしょーが!」
「カモメは羽があるから、雪がくっつきやすいのであります」
「ウソっぽい、すっごいウソっぽい!」
ジョースターは体をぶるぶるとふるわせて、雪を落とします。
「じゃ、行こ、ジョースター」
「タフガイでナイスガイの自分も、あの長いコースを4回もすべるとさすがにつかれたであります。ロッジでホット・バタード・ラムでも飲みたいのであります」
「飲みもののセレクトが、ちょっとオシャレっぽくてイヤだな……ま、いっか」
キトラはリフトにむかいます。
「ジョースターは休んでなよ」
「あんまりはしゃぎすぎないように、気をつけるのであります。社長はお調子者でありますから」
「ジョースターに言われたくはないよ」
キトラはリフトにやって来ます。
イスはついておらず、ワイヤーが動くタイプです。ワイヤーは大きな車につながっていて、車を回せばワイヤーがうごくしくみです。このワイヤーにつかまっていれば、山の上まで引きずり上げられるのです。
そしてその大きな車を動かしているのは。
「コロクルさん、またお願い」
「……分かり、ました」
返事をしたのは、とてもせのひくい男のひとでした。体はがっちりとして、しっかりしたスキーウェアをきています。前にキトラがあったことのある、コロポックルのコロクルでした。
「……天気が、少し、悪くなりそうです」
コロクルは空を見上げます。
「上級コースは……通行止めになっていますので、お気をつけて」
「ありがとー」
キトラはワイヤーにつかまります。
「……動かします」
コロクルはぼそり、と言ってから、車を手で回し始めます。
ワイヤーがぐいぐいと動きはじめます。
「ものすごい力だなぁ、しかし」
「じぶんたちは……これぐらいしか、できません。不器用、ですから」
ワイヤーにひっぱられ、キトラはどんどん山をのぼっていきました。
ジョースターのいるロッジがもうずぅっと下のほうです。さらにそのむこうには、山のふもとに広がる町まで見えます。ふりはじめた雪にぼやけて、なんだか絵みたいです。
「すごいな、もう上までついちゃった」
リフトからはなれたキトラは、初級コースに来ます。
ゆるやかな下り坂のコースです。ゆるやか、と言っても、中級や上級とくらべて、ということで、みおろせばかなり急なものです。
「いやっほううう!」
キトラはすべりはじめます。
ボーゲンと言っても、町で乗る自転車よりもスピードが出るのです。顔に当たる風や雪ははげしく、冷たく、痛いぐらいです。
「うおぷっ」
雪と風はどんどんはげしくなってきます。
ふっている雪で白いのか、コースの雪が白いのか、なんだか分からなくなって来ます。
「うわ、ちょっ、ちょっとタイム!」
キトラは足をぐっとふんばって、ブレーキをかけます。スキーは雪をぐいぐいけずって、止まりました。
「……ちょっと、雪が強すぎるよ。昔のバラエティーの発泡スチロールぜめじゃないんだから」
キトラはコースわきの森に入り、木のかげによります。
雪がどんどんどんどんふって、少し先が真っ白になってしまって、まわりがほとんど見えません。
「急いですべって、ロッジまで帰ろうか……なんてね」
キトラは笑います。
「前が見えないのにすべったら、コースからとびだしてガケから落ちちゃう」
足からスキーをはずして、木によりかかります。
「やむまで待とう。ぼくが帰って来なかったら、ジョースターやコロクルさんが気づいて、助けに来てくれるもんね」
空はさっきより暗くなって、雪はますますはげしくなります。
「こんな時にフラフラ歩き回る方が、遭難のフラグだよ」
キトラは木のかげでまちます。
まちます。
まちます。
まちます。
まちます。
体がひえてきます。
木が少しはふせいでくれますが、風が体にあたります。
このままいたら、凍ってしまいそうです。
「でも、ガマンガマン……」
キトラは体を小さく動かしてあっためます。
「たすけが来るか、雪がやむか、ぜったいするんだから」
腕時計を見ます。
「ほら、すべりはじめてから、まだ1時間もたってないんだ。ムチャに動いたらダメだ」
その時です。
「そこのお前」
いきなり声をかけられました。
「え?」
キトラが声の方をむくと、森の奥の方に、女の人がいるのが見えました。顔はよく分かりませんが、まっ白い服を着ています。
「君は……」
「われの名はウパシマッネ。そこの男、そんなところではこごえてしまうぞ」
森の奥の方にある木を指さします。その木には大きなウロができていて、中に入れそうです。
「そんなところに入ったら、さがしに来た人が分かんないよ」
「その板を、見えるところに立てておけば良い」
ウパシマッネは、キトラのスキーの板を指さします。
「あ……そっか、言われてみれば」
キトラはコースのはしっこの、見えやすいところにスキーの板を立てます。
「ううっ、寒い、寒い!」
そして、木のウロに入ります。
ウロは入り口は少し小さいけれど、中はキトラがすっぽり入ってもだいじょうぶな広さでした。風はぜんぜん入って来ません。
「あったかいってこともないけど、風が来ないだけですごく楽だね」
「いちおう言っておくが、いねむりなんかするなよ」
ウロの外から、ウパシマッネの声がします。
「しないって」
キトラは苦笑いします。
「ねたら死ぬぞ、ってヤツでしょ?」
「うむ」
「あーでも、よく分からないんだけど、どうしてなの?」
「ねると、体を動かさないから体温が下がる。体温が下がりすぎれば、体の働きのいくつかが止まって死ぬ」
「それだけ分かってるのに、どうしてねるのかな? つかれてるのかな?」
「体が冷えていくと、ねむくなる。風呂から上がった後は、ねむくなるだろう?」
「あー、言われてみればそうかも。なるほどねー」
それから、キトラとウパシマッネは、しばらくの間、話をしました。
「――ん」
ふいに、ウパシマッネが言葉を切ります。
「どうしたの?」
「助けだ」
「えっ、どこどこ?」
キトラはウロから出て、コースの方へ走ります。走ると言っても、雪に足がうもれるので、早足ほどの早さもありませんが。
コースの方にいたのはコロクルたちでした。キトラのスキーを見つけて、止まっていました。
「おおおいいい! コロクルさぁあああん!」
「……キトラさん、ごぶじ……でしたか」
ぼそりと、しかし、よく通る声で、コロクルがこたえます。
「だいじょうぶだよーーー!」
「キトラ、というのがお前の名か」
ウパシマッネが木のかげから、キトラに言います。
「キトラ、われの事を人に話してはならん。良いな」
「え? 話すなって、そもそも、ウパシマッネは帰らないの?」
キトラが聞きかえした時には、ウパシマッネのすがたはありませんでした。
「しゃちょおおおおおお!」
ジョースターがキトラにだきつきます。
「心配したであります! 心配した――げふっ――心配したであります! げふっっ!」
だきつきながら、缶ビールをあけます。
「社長がいなくなったら、社長のイスがどうなることかと本当に心配でありました!」
「めちゃめちゃのんでるよ、この社員は……」
「のんでいるさいちゅうだったのであります。これはしかたがないのであります」
「こういう時に、本気で心配しているっぽくすると、『本当は社長のことを大事に思っている社員』ってことになって、なんかいい話っぽいのに」
「こまかいことは気にしないのが良いのであります。それよりも、よく無事で帰って来られたのでありますな?」
「ちょっと吹雪になって動けなかっただけだよ。それに――」
言いかけて、キトラは口をおさえます。
(話しちゃダメなんだっけ)
「それに……なんでありますか?」
「ああ、うん。こういう時には動かない方が良いって、なんかで読んだしね」
(やぶったら、何があるんだろ……? ジョースター、何か知らないかな)
「ねえ、ジョースター」
「なんでありますか?」
「ええと――」
(っと、待った! 言ったことになるよ! それじゃ、ジョースターに話したのといっしょだよ! まあしかたないか、すなおにまもろう)
数日がすぎました。
「――まったく、生きた心地がしなかったのであります」
キトラは、キトラ運送に来ています。
昼休みなので、休憩室でテーブルにむかっています。
「社長、そうなんでヤスか?」
「まあね。寒くてちょっとねむくなったりしてね」
「下手にうごかずによくがまんできやしたね」
「まあね。そういう知識はあるし、それに――」
(ととと、また言いそうになった)
「おう、この前のスキー、どうだった?」
また別の日、キトラはカメのゲンさんと話をします。
「楽しかったよ」
「そいつぁ良かった。なにかトラブルなんかはなかったか?」
「ええと――いや、ない、全然」
「そうか。こんどはおいらも行きてぇなぁ、わっはっはっは!」
(あぶないなぁ……)
「スキーで遭難しかけたんですって?」
そのまた別の日、火ネズミのカソが聞いてきます。
「ただ吹雪だっただけだよ。きちんと木のウロに入れたから、危ないって事もなかったよ」
「ほう、木のウロとはよく気づきましたね」
「まあ、教えてもらって――あ、いや、なんでもない」
「ん? だれかといっしょだったんですか?」
「え、ええと、その……トイレ!」
キトラはトイレに入ります。
「あー、スキーの話したら、どうしてもウパシマッネの事、ついてきちゃうじゃないか! どうしろってんだよお」
キトラは頭をかかえます。
「しばらくこっちにいるのやめよう、スキーの話とかして来なくなるぐらい、間をあけよう、そうしよう」
キトラはそう決めてから、すぐにすっと消えました。目をさまして、夢の世界から、現実の世界にもどったのでした。
「はい、がんもおまち」
おでんの屋のカウンターに、コロクルがすわります。
「……どうも」
コロクルは静かにがんもどきを食べます。
半分ぐらい食べたころ、店のドアが開きました。
「こんばんは、まだやってるか」
入って来たのは、ウパシマッネでした。
「へい、いらっしゃい! まだまだ営業中ですよっ」
「む、コロクルか」
ウパシマッネは、コロクルの隣りにすわります。
「……こんばん、は」
「かわりないかい」
「いつも通り……」
「そうか」
ウパシマッネはしょうちゅうをのみます。
「……この前」
「ん?」
「キトラさんの事……助かった」
「聞いたのか」
「いや……一言も」
「そうなのか。りちぎだな」
「……キトラさんは、そういう方です」
「まあ」
ウパシマッネはこんにゃくをかじります。
「われら雪女をあてにして、山に入られては困る。そうそう、ぜんぶ助けられるものではないからな」
「それをそのままつたえた方が……良かったのでは」
「それはあまり、考えてなかった。不器用でな」
「そう……ですか」
ふたりは、しょうちゅうをぐっとのみほしました。
【おしまい】