キトラの冒険
作:ごんぱち
その91『まいご? 後編』


 キトラはひとり、自転車で夜の道をすすみます。
 鍛冶屋のフツヌシが作った自転車は、ランドボートよりはやく走ります。それでいて、センサーがついているので、なにかにぶつかりそうになると自然にブレーキがかかるのです。
 家がまばらになり、まっくらな山をいくつもこえる道を走り、それから、また少しづつ家がある場所に来るころには、日がのぼっていました。
「――空をとばないと、ものすごくおそいなぁ」
 キトラは自転車をとめて、地図を見ます。
「ええと……ネズミばっかりが住んでる、ラーグの村にヤマタノオロチがあらわれたって話……」
 顔を上げると、リヤカーを引いたこううんきにのった、ネズミがやって来るのが見えました。
「……ここだね」

 キトラは、ラーグの村の村役場にやって来ました。
「すみません」
 窓口のおねえさんのネズミに声をかけます。
「なんのお手続きですか?」
「ちょっと聞きたいんですけど」
「なんでしょう?」
「ヤマタノオロチが、このへんに現れたって、昔の新聞にのって――」
 キトラが言いかけたとたん。
 みんなの目が一気にキトラにむきました。
「どこかで見かけたんですか、ヤマタノオロチを!?」
 おねえさんはキトラにつめよります。ものすごいおびえた顔です。
「い、いや、そうじゃないよ、そうじゃない! いないから、ヤマタノオロチはいないから!」
「そ……そうですか……あ、いや、しつれいしました」
 おねえさんは、ホッとした顔で、すわりなおします。
「ヤマタノオロチって、そんなにこわいの?」
 キトラはたずねます。
「こわいなんてもんじゃありません。そんなものが出て来たら、おしまいです」
 おねえさんは、ぶるっとふるえます。
「ヘビはネズミを食べるんです。ヤマタノオロチだったら、8つの首で、8ぴきまとめて食べてしまうんですよ。こんな小さな村、すぐにだれもいなくなってしまいます。おそろしい、おそろしい……」
「でも、このへんで見たっていう話、ありましたよね? 何年か前みたいですけど」
「5年と3ヶ月前にそりゃあありましたけど、もうわすれたいんです、かんべんして下さい」
「そうしたいけど、友だちがヤマタノオロチのせいで困ってるみたいなんだよ」
「なんでも良いですから、ちかよらないで下さい、ヤマタノオロチにおそわれます!」
 おねえさんは、ついにはカウンターの下にもぐりこんでしまいました。

「やっぱり、こわいものなのは、まちがいないな」
 キトラは、ラーグの村の通りを歩きます。
 いつの間につたわったのか、みんなドアやまどのすきまから、キトラをコソコソと見ているだけで、だれも外に出ていません。
「ヤマタノオロチが、ほんとうにあぶないならやっつけなきゃいけないな」
 キトラは口ばかりはいさましいことを言います。
「……ぼくだって自分の力がそんなにないことは知ってるよ」
 通りは土で、車の通ったわだちがくっきりできて、場所によっては水がたまっています。
「でも、ヤマタノオロチを見つけられないんじゃ、どうしようもないなぁ……」
「おぬし、ヤマタノオロチをたいじすると言ったか?」
「ん?」
 声をかけて来たのは、ネズミのおじいさんでした。
「だれ? 君は」
「ワシはラーグの村の長老、リーグじゃ」
「……ひねりのない名前だな」
「むむっ! いきなりツッコミとは!」
「そこにリアクションとらなくてもいいけどさ」
 リーグはこしのまがったおじいさんで、白いヒゲと、長いまゆげをしています。おまけに、ぐにゃぐにゃにまがった木のえだのつえをついています。わざとらしいぐらいの長老です。
「おぬし、ヤマタノオロチのことを聞いて回っておったようじゃが、たいじする気が本当にあるのか、どうか!?」
「したいと思ってるよ。あぶないならね」
「ムチャを考えん方がいい。ヤマタノオロチは本当におそろしいものじゃ。ワシのずぅっとご先祖は、ヤマタノオロチにのまれたそうじゃからな」
「あんがいぼくは強いんだよ。ぼくの力じゃないけど、あのゲンさんとも友だちだよ」
「ゲンブのゲンさんと!?」
 長老はキトラにつめよります。
「あの、100にんのってもだいじょうぶのコウラを持つ、ゲンさんとか!?」
「そういう2つ名があったかどうかは知らないけど、そうだよ」
「そうか……ついに、この時がやって来たのか」
 おどろいたような、うれしいような顔で、リーグはなんどもうなずきます。
「では、教えよう。ヤマタノオロチはずっと東に行ってしまったのだ。むこうにはカエルの村があるから、そこをおそっておるのじゃろう」
 長老はつえを引っぱります。中から出て来たのは、刀でした。
「ヤマタノオロチのウロコはかたい。このアメノムラクモをさずけよう」
「なんかすごいの? その刀」
 見たところ、フツウの刀です。刃からオーラが出てたり、炎につつまれていたり、冷気が上がっていたり、なんかひとの顔みたいなものがうかんでいたり、しゃべったり、そういうとくべつなものはありません。
「うむ。アメノムラクモは、ずぅっと前にたおされたヤマタノオロチのしっぽから出て来たという、とても強い刀なのだ。ふだんは山の草かりに使っているので、クサナギのツルギとも呼ばれている」
「……イヤな使われ方をする刀だな」
「持っていくがいい。もちろん、使い終わったらきちんととぎなおして返すのだぞ。返すのがおくれた場合は、1日あたりゲキリン1まいのえんたいりょうをとる」
「ゲキリンって、どんだけ高いのさ! ビデオが1000本もかりられるじゃないか! かりないよ、そんなの。リンガでじゅうぶんだよ」
「まてまて、アメノムラクモはヘビによくきくんじゃ。ダメージが2倍じゃぞ!」
「どうかんがえても、最強の剣にならない性能じゃないか。ラスボスは無属性ってのがおやくそくだし」
「持って行かんのか、イザという時に使える事があるかも知れないのだぞ!」
「イザという時にそなえて、よびの刀をもち歩くって、どれだけ用心深いひとだよ。情報がもらえただけで助かってるんだから、もう何にもしなくていいよ!」」
 キトラはリーグをほっといて、ラーグの村を立ち去りました。

 キトラは自転車で東へ走ります。
 山の中を、木の間をすりぬけて走ります。
 かたむいた地面も、くずれやすい土も、なんということもなく走ります。
「東のカエルが住んでいるのは……ドコンの村、か」
 日はかたむきかけて、山はぐんと暗くなっています。
「おとどけもので行ったことがあったようななかったような……よくおぼえてないなぁ」
 木がとぎれて、パッと前が開けます。
 ガケのむこう、遠くに広がる平地に、ぽつぽつと明かりが見えます。
「よし、あれだ」
 キトラは自転車で、ガケにつっこみます。
 よい子もわるい子もふつうの子も、マネをしてはいけません。これは、自転車がすごいからできるだけです。
「うひょひょひょひょひょ!!」
 キトラはものすごいスピードで、山を下って行きます。
 さすがはフツヌシの作った自転車です。ひっくりかえらないし、すべらないし、木にぶつかりそうになると、自転車のハンドルがひとりでにうごいて、するりとかわします。
 たとえぶつかったとしても、ケガをしそうな時には法力エアバッグがキトラの体が丸ごとつつむので安心です。
 キトラはまっすぐ、ドコンの村につっこんで行きました。
 さすがにツッコミ好きだけのことはあります。
「上手いこととか言わなくていいよ!」
 キトラはそのままものすごいスピードのまま、田んぼの中の道を進んで――。
 バランスをくずしてころびました。

「いたたた……」
 キトラはすりむいたひじをさすります。
「うー、フツヌシのウソつき、ころんだらケガするじゃないか……」
 ケガではなくて、キズです。
 キズぐらいでガタガタ言っていては、ロクな大人になりません。キズもせずに、一人前になったひとはいません。
「ガタガタ言うほどのこともないけどさ。ガマンできないほどじゃないし」
 キトラが自転車をおこした時。
「――うごくな」
 後ろからキトラの首すじに、ひたり、と、つめたいものがあたります。
「ひっ、な……なに?」
 キトラは手をりょうほうあげます。
 自転車がまた、たおれてしまいました。
「お前、ヘビのにおいがする」
 声は後ろからします。
「この村のカエルたちを食いに来たな」
「ちがうって! どっちかって言うとぎゃくだよ。カエルたちをたすけに来たんだ」
「口ではなんとでも言える。このままなにもせずに帰ればよし、帰らなければ――」
「本当だって! ぼくはキトラ運送の社長のキトラ、調べてもらえれば分かるよ!」
「……キトラ運送?」
 声が、少しおどろいたような声になります。
「知ってるの?」
「この前のチャリティーレースで、オールの船で出て優勝した会社だろう? あれにはおどろいたよ!」
「あ、見てたんだ」
 キトラがふりむきます。
 そこには、大きなナメクジがいました。キトラの首すじにあたっていたのは、ナメクジのぬめぬめした体でした。
「ああいう宇宙船を使うなら、ズルいことはしないだろう」
「信じてもらえたみたいでよかったけど……」
 キトラはナメクジをまじまじと見ます。
「カエルの村じゃ、なかったっけ?」

 キトラはカエルの村の村長のやしきにあんないされました。
「――村長のバルトです」
 安楽イスにすわった、おじいさんのカエルが、プカリ、と、パイプのけむりでわっかを作ります。
「前に一度だけ仕事をお願いしたことがありましたね」
「そう……でしたっけ」
 キトラは山ほどおとどけものをしているのです。一度だけの相手なんかおぼえているワケがありません。あいまいに笑いながら、ナメクジの方をちらりと見ます。
「そちらのナメクジのツナデさんは、ヤマタノオロチにそなえてやとった、用心棒なんですよ」
「ああ、そういう」
「ごぶれいがあったようで、もうしわけありませんでした」
「いえ、ぼくもちょっとスピード出し過ぎてたし」
「今日などのような用で? やはり、おとどけものですか?」
「いえ、ヤマタノオロチのことなんですけどね」
 キトラはヤマタノオロチをさがしていること、場合によってはたいじしようと思っていることを、バルトに言いました。
「ふうむ」
 バルトはうなって、パイプをふかします。
「少し前にあらわれたヤマタノオロチは、いざその気になればドコンの村をぜんめつさせられるほどのバケモノ。たおしてくれるなら、こんなにうれしいことはありません」
「じゃあ、あんないしてくれる?」
「いえ、もう私たちのやとった7にんのナメクジ武士がヤマタノオロチをおっているのです。ですが、なかなか見つからないようで」
「見つからない……」
「東の方ににげたのはたしかなのですが、ヘビというのは小さいあなひとつあればかくれられるので、なかなか見つからないのです」
「東の方、か……」
「きっと、ヘビの好物である、タマゴとか、ネズミとか、そういうものがある場所のちかくにかくれているんでしょう」
「ふうむ」
「さて」
 バルトは引き出しから刀を出します。
「ヤマタノオロチとたたかうのなら、この『なめくじの剣』をおかししましょう」
「イヤな名前だな……」
「この剣は、ヘビをとかしてしまうのです。いちどダメージをあたえれば、1ターンごとにヒットポイントに5ポイントのダメージをあたえつづけるのです」
「またよく分からない数字出て来た……」
「さあうけとるがいい!」
 バルトが刀をぐっとキトラにさしだします。
「いらないよ、ぼくにはリンガがいるんだから」
「だったら、ヘビの毒をふせぐ盾を」
「そんな重そうなもの、もって歩けないよ。気持ちだけもらっとくよ」

 キトラはドコンの村からはなれます。
「……ここから先は、どこに行ったか分からない、か」
 山道をゆっくり自転車で進みます。
 もうすっかり日がおちて、自転車のライトだけがあたりをてらします。
「どこかに行ってしまった、というよりも、このへんにかくれてるって考えた方が、正しそうだな」
 べつのところに行ってしまったなら、またそっちでヤマタノオロチのうわさが出るものです。でも、ドコンの村では、そういう話はなにも聞けませんでした。
 ポケットに入れた、携帯電話にちょっとさわります。
「リンガにスタンバイしててもらおうか……」
 でも、首を横にふります。
 山はふかくなり、道はまったくなくなります。ヤブにぜんぶがかくれてしまって、ただ進むのもむずかしくなってきます。フツヌシの作った自転車でなければ、あぶなっかしくてとてもすすめません。
 水の音がしはじめます。
 音の方へ進むと、小さな川にたどりつきました。
 とうめいで、とてもキレイな水が、かなりの早さでながれています。
 キトラは川のわきを、さかのぼってすすみます。
 すると。
 川から生える草に、クツがひっかかっていました。
「クシナダの……だ」
 キトラはクツを自転車のカゴに入れて、スピードを上げて走ります。
 水の音に、もっと大きな、重い音がまじってきます。
 キトラはペダルをぐっとふみこみます。
 木々の間から見えて来たのは、かなり大きな滝でした。
 水がはげしくおちて、重い音がします。なんだかひんやりとしています。
 自転車からおりたキトラは、目をとじて、耳を立てます。
「……うん」
 キトラは滝の横にまわりこんで、それから。
 ちょっと助走をつけて、滝の落ちる水につっこみました。

 ずぶぬれになったキトラは。
 滝のうらがわにいました。
「ふー、やれやれ」
 なんということでしょう、滝のうらがわが洞窟になっていたのです。外からではゼンゼンわかりません。おどろくべきしかけです。
「……ベタベタにありがちなネタだよ」
 洞窟のおくには。
 七色に光るウロコで、太く、長い体をおおった大きなヘビが何匹もかたまっていました。
 かたわらに、クシナダの着ていた服がちらばっています。
「なんの用だ」
 キトラに気づいて、ヘビは首をもたげます。かたまっていたヘビ全部がいちどにです。
 ヘビはおなかのところで一つにつながっていました。何匹かに見えていましたが、実は1匹です。
 頭が8つに、しっぽが8つ。ヤマタノオロチでした。
「お前も食われたいのか」
「落ちてたよ、クシナダさん」
 キトラは、川でひろったクツをさしだします。
「!」
 ヤマタノオロチはおどろいた顔で、キトラを見つめます。
「……なぜ?」
「ウサギの耳を甘くみちゃいけない」
 キトラは耳を動かします。
「声、いっしょじゃないか」
「……つごうの良い時だけ、ウサギになる」
「いいんだよ! 大体、それほど耳がよくなくても、きちんと聞いてれば分かるぐらいだし。それに、キミはネズミの村でもカエルの村でも、1匹も食べてなかった。こわがられていたのは、ずぅっと昔にいたヤマタノオロチのこと。ちがう?」
「……そう。でも、私も同じ、ヤマタノオロチ。クシナダというのはご先祖が殺そうとしたひとの名。つい口に出た」
「ネズミにだってカエルにだって、そういう本当のこと話せば良いのに――いや、もうなんども話した、かな?」
「そう」
「そっか……まあむこうの気持ちも分からなくはないけどね。自分のご先祖を食べられたんだし」
「だから、私は、見つかりにくいところに住んで、正体がばれるたびに、べつのところにうつっていた。どこに行ってもいる場所がない、まいごのようなもの」
 ヤマタノオロチ――クシナダは体をゆすります。すると、たちまち体がちぢんで、人間の少女のすがたになりました。
「ここにも、もういられない」
 その体の、ちょうど服にかくれるあたりには、びっしりウロコが生えていました。
「クツ、見つけてくれてありがとう」  クシナダは服をひろって、着ます。
「キトラがこわがらずにいてくれただけで、うれしい――そして、さようなら」
 それから、クシナダは洞窟から出て行こうとします。
「まって、クシナダ! キミはたぶん、考えちがいをしてるんだ!」

 何ヶ月かすぎました。
「ゆうびんでーす」
 キトラ運送に、郵便屋さんがやってきます。
「ありがとうございます」
 キトラは、手紙やつつみをうけとります。
「これはダイレクトメール、これはせいきゅうしょ、これはやくしょから……」
 なれたちょうしで、キトラはしわけをします。
「ええとこれは」
 キトラの手がとまります。
 まっしろいふうとう。
 ていねいな字で、あてなが書かれています。
 キトラはふうとうのうらを見て、にっこり笑います。
「どうしたのでありますか? 中も見ずに。さてはエスパーでありますか!?」
 ジョースターがたずねます。
「クシナダからの手紙だけどね、前と同じ住所なんだよ」
「ああ、そういうことでありますか」
 ふうとうのうらの、クシナダの住所は、ルリーヤ市。この星でいちばん大きな都市です。
「クシナダは、みんなにこわがられたくなくて、ひとの少ないところにいようとした。あたたかいところにいたくて、あたたかいつながりのある場所にいようとした。でも、ぼくやクシナダみたいなよそものにとっては、それはぎゃくだよ」
 キトラはペーパーナイフで、ふうとうの口をあけます。
「都会はたしかにあたたかくはない。でも、よそものにも、むかしからそこに住んでいるひとにも、だれにも平等につめたい。そのつめたさは、むしろやさしいんだ」
「そうでありますな……ただ」
「なに? ジョースター」
「そのセリフといい、なんといい、社長がこの前読んでいたマンガと同じであります」
「い、いーんだよ! クシナダは幸せそうでしょ!」
「ま、そうなのでありますが」
 ジョースターはくすくすと笑いました。

【おしまい】