キトラの冒険
作:ごんぱち
その90『まいご? 前編』


 夢の世界で、キトラは目をさましました。
「んぁ?」
 あたりを見回します。
 キトラは、町の石だたみの道のかたすみで、建物のレンガのカベによりかかっています。
「あれ……キトラ運送じゃ、ない」
 キトラが夢の世界に来る時は、たいていキトラ運送の社長室にあらわれるのですが、今日はちがうようです。
「どこだろ、ここ」
 パジャマのえりもとをなおします。
「……暑くて、なかなかねむれなかったから、ヘンな入りかたしちゃったかな」
 目の前の道を、小さい竜にひかれた竜車がよこぎって行きます。
「ま、いっか」
 キトラは立ち上がります。
「たまには、仕事しないでぼんやりしてよっと」
 昼の日差しの中、のんびりと道を歩いて行きます。
 と。
 一人の少女が、道のむこうがわから、キトラをじぃっと見つめていました。

 道は、大通りだけが石だたみですが、わき道に入ると、すぐに土やジャリになります。
 建物はレンガづくり。
 歩きながら、キトラはレンガをさわります。
 元は四角かったみたいですが、角がおちて丸くなっています。どの建物も、みんな同じような白っぽい色のレンガです。
 なかには、ツタにびっしりつつまれていたり、大きな木が間を通っている建物もあります。
 ずっと昔に作られて、そのまま色んなひとが使っているような、そんな町でした。
 道を通るひとは少なくて、ざっと見わたしてもひとりかふたりしかいません。
「……ちょっとのどかわいたな」
 キトラの世界よりはずっと空気がカラッとしていて気持ちが良いですが、日差しは強くて汗が出ます。
 キトラはパジャマの胸のポケットをさぐります。
 中から、小判が出て来ました。
「パジャマ着てる時で良かったよ。いねむりだったらべつの服だったしなぁ」
 大通りぞいに歩きます。
「なんかコンビニでもないかなぁ……」
 大通りと言っても、竜車がすれちがうのがやっとの細い通りです。
 建物はならんでいますが、ふつうの家ばかりで、お店はありません。窓から窓にロープをわたして、せんたくものが干してあったりします。
「……ないなぁ」
 石畳の石も、レンガと同じく角がすっかりおちてツルツルしています。竜車の走るところだけ、わだちができてへこんでいます。
 キトラが5分ぐらい歩いていると。
「あれ?」
 建物がなくなってきます。
 そして、後は畑になっています。畑の先はひとの手が入っていない草原になって、そのまま遠くの山まで続いています。
 道を引き返して歩くと、今度は十五分しないうちに町がとぎれました。
「セラハイス町よりも、ずいぶんいなかだなぁ」
 キトラは、ピカピカ光る小判をじっと見つめます。
「店もゼンゼンないなぁ」
「ここは、2日に1回、行商人が来るだけ」
「え」
 とつぜん、声をかけられて、キトラはすこしおどろいてふりかえります。
 いつの間にいたのか、キトラの後ろには、少女がひとり立っていまいた。
 古いデザインの着物を着た、キトラより少し年が上に見える、人間の少女です。はだの色がとても白く、それとはぎゃくに黒く長い髪をしています。とてもキレイで、なんとなく人形みたいです。
「そ……そうなんだ、ありがと」
 キトラはちょっとどぎまぎしながら頭を下げます。
「そっか……ないのか、お店……」
「川はこっち」
 少女はキトラに手まねきをして、歩き出します。
「えっ」
 どうやらあんないしてくれるようです。
(ついて行って良いのかな?)
 キトラはちょっとまよいましたが。
 少女が立ち止まり、ふりかえると、じっとキトラを見つめます。
 じっと見つめます。
 じっと見つめます。
 じっと見つめます。
 困った顔もしていません。
 怒った顔もしていません。
 笑った顔もしていません。
 泣いた顔もしていません。
 なにも言いません。
 ただ、じっと見つめています。
(……行こう、か)
「ごめん、今行く」
 キトラは小走りに少女においつきます。
「そう」
 少女はまた、歩き出しました。

 町の建物がとぎれてから畑になって、それから2、3分歩いただけで、橋が見え水の流れる音がして来ました。
「あったっ!」
 キトラは走り出します。
 いきおいをつけてとべば、とびこせそうな細い川ですが、かなりの早さで透明な水が流れています。
「さて……」
 キトラは石を一つひろうと、水の中になげいれます。
「……ボケられる前に言っておくけど、水の中にあぶない生き物がいないかたしかめてるだけだからね」
「だれと話してる?」
「いや、こっちの話」
 キトラは水を手ですくって、一つ口をすすいでから、飲みます。
 つめたくて、やわらかい水です。
「おいしー! 天然のミネラルウォーターだね」
「ここの水はミネラルウォーターじゃない」
 少女がつっこみます。
「え、ミネラルウォーターって、なんかおいしい水とかいう意味とちがうの?」
「ちがう。ミネラルがありすぎると、ぎゃくにまずい」
「へぇ」
 キトラはまた、水を飲みます。
「まあともかくおいしいや。ありがとう――ええと」
「名前なら――」
 少女はほんの少し考えてから言いました。
「クシナダ」
「ありがとう、クシナダさん。ぼくはキトラだよ」
「そう」
 少女は笑うでもなく、ただ、じっとキトラを見つめました。

「やれやれ、のどのかわきはおさまった、と」
 キトラは、川べりの石にこしかけます。
「これからどうするかな……やっぱり、せっかく来たんだから、ちょっとキトラ運送にも顔を出しておきたいけど」
 夏の日をうけて、水はひかり、たまにガラス細工みたいにキレイな魚がとびはねます。
「お中元の配達でいそがしいし――ねえ、クシナダさん?」
「なに」
 クシナダはじっと魚を見つめています。
「ここからだと、セラハイス町って、どのへんにあるの?」
「セラハイスっていう町は知らないけど、山二つむこうに列車の駅がある」
 クシナダは畑の中をのびている道を指さします。
 道はずっとまっすぐ山までつづいています。
「そこまで、馬車とか、竜車とか出てない?」
「今日のはさっき行ったのでさいご」
「……あー、あれか」
 キトラはちょっとためいきをつきますが、すぐに立ち上がります。
「まあしかたない、歩こう」
「そう」
「色々世話になったね、ありがとう」
 ていねいにおじぎをして、キトラは歩き出しました。

 石だたみはなく、土の道です。
 竜車のわだちがくっきりついて、車輪の通らないまん中は草が生えています。
 わだちのくぼんだところは、たまに水たまりになっているので、キトラはまん中の草の上を歩きます。
 お日さまはまだ高く、暑いですが、たまに通る風はすずしくて、どんどん足は進みます。
「……ねえ」
「なに」
 となりを歩いているクシナダが、キトラの方を見ます。
「ええと……送ってくれようと、してる?」
「そう」
「気持ちはありがたいけど」
 キトラはふりかえります。
 まだ、町はとおくに小さく見えます。
「ぼくはもう、だいじょうぶだよ」
「そう」
 クシナダは、キトラのとなりを歩きつづけます。
「ぼくの言ってること、わかってる?」
「ええ」
 けれどもやっぱり、クシナダはキトラのとなりを歩きつづけます。
「いや、だから、もう帰って良いよって、言ってるんだけど」
「送る」
「町が見えないぐらいとおくへ送ってもらっちゃったら、こんどはぼくがキミを送らなきゃからないよ」
 足を止めずにキトラは言います。
「平気」
「お家の人だって心配するよ」
「しない」
「そんなことないよ、親っていうのは心配するものだよ」
 クシナダは少し考えてから、言いました。
「……帰ると、あぶない」
「ははっ」
 キトラは笑います。
「どこまで行ってたの、って、怒られるのが心配? ぼくのことをちゃんと言えばだいじょうぶだよ。ぼくはキミのおかげでとっても助かったんだからね」
「本当に、あぶない」
「わからないひとだな。あぶないって言ったって、帰らなきゃダメでしょ?」
「帰ると、ヤマタノオロチのいけにえにされる」
「……は?」
 キトラはクシナダをじぃっと見ます。
 ウソを言っているような顔ではない――ように見える気がしました。
「クシナダ、それって一体、どういうこと? ねえ?」
 けれど、クシナダはそれ以上、なにも言いませんでした。
 キトラがなにもきけずに、また歩いていると。
「社長、そこにいらっしゃいましたか」
 キトラ運送の親方が、ランドボートでやって来ます。
「親方?」
「用がなければ、会社まで来てもらえますかな? 手が足りなくて困っていたのです」
「ええと……」
 キトラはクシナダを見ます。
 ところが、クシナダは道をはずれ、平原を歩いて行きます。
「いつの間にあんなとこまで?」
 クシナダはどんどん遠くなって行きます。
「親方! おいかけて!」
 キトラはランドボートのうしろの席にとびのります。
「ストーカーですか?」
「じょうだんは良いから! なんか気になるんだよ!」
 オールをぐいっとこぎます。
 大きな風がおきて、ランドボートはものすごいスピードですすみはじめます。
 けれど、クシナダのすがたは遠いまま。
「えっ? あれっ?」
 そして。
 山に入ってから後は、クシナダのすがたは見えなくなってしまいました。
「どなたですか? あちらは」
 親方がふしぎそうにたずねます。
「よく分からないけど……なにか、タイヘンなことになってるみたいなんだよ」
 キトラはぐっとオールをにぎります。
「たすけなきゃ!」

【つづく】