キトラの冒険
作:ごんぱち
その89『キトラのおべんとう』


 いつもの放課後、キトラ、ラグヤ、サリス、ノクタの4にんは、秘密基地に来ています。
「魚つり?」
 ねころがって、マンガ雑誌を読んでいたキトラがききかえします。
「おう、そうだ」
 サリスはなんだかじまんげです。
「ささのは川に、でっかいコイがいるのを、ノクタが見かけたんだ」
「そうだそうだ、すっごくでっかかったぞ!」
 ノクタは、うでを70センチぐらい広げて見せます。
「これぐらいあった」
「それが本当だとして、ぼくたちが行ってもつれるもんでもないと思うけどなぁ。ねえ、ラグヤ?」
 キトラはラグヤの方を見ます。
「……いいんじゃない」
「え? ラグヤ?」
「……大きなコイがつれなくても、フナやオイカワなんかがつれれば、1日楽しい」
 キトラはちょっと考えます。
 みんなで川に行って、つり糸をたらして魚をつる。魚がつれればいいし、つれなくてもおしゃべりしながらおべんとうなんかを食べたり。
「いいね、なんか、それ」
「だろう」
「そうだろうそうだろう!」
「……少なくとも、1年前のガロを読んでるよりは、おもしろいと思う」
「そだね」

「――ただいまー」
 キトラは家に帰ると、まっすぐお父さんとお母さんの部屋に来ました。
「ねえ、お父さん?」
「ん? おかえり、キトラ」
 お父さんのナラキさんは、パソコンでゲームをやっていました。
「どうかしたかい?」
「はい。ラグヤたちと今度の土曜日、ささのは川につりに行こうって事になって」
「そっか、楽しそうだね」
「そうなんだけど、うちにつりの道具ってある?」
「あるよ。大した道具じゃないけど、そこらの川でつるなら、問題ないよ」
「よかった。じゃあ、それかして」
「いいよ。ほかに、なにかいるものはあるかい?」
「うーんと、おべんとうを持って行こうと思うんだけど」
「おべんとうだね。わかった、作ろう」
「んーと」
 キトラはちょっと考えます。
 土曜日はお父さんもお休みです。
 いっしょにつりに行くわけでもないお父さんに、おべんとうを作ってもらうためだけに早起きしてもらうのは、なんだかわるいような気がします。
「ねえ……お父さん」
「なんだい、キトラ?」
 いえ、どちらかというと、それよりも。
「おべんとう、ぼくが作ろうと、思うんだ」
「そうかい? じゃあ、手伝ってもらおうか」
「そうじゃなくて」
 キトラは、ただただ。
「ぼくが、ひとりで、ぜんぶ作ってみたいんだ」
 自分でおべんとうを作ってみたくなっていたのです。

 金曜日の晩。
 キトラは、ながしでお米をとぎます。
 白くにごっていた水が、すきとおって、お米がピカピカに洗えています。
「よし、これでいいや」
 とぎあがったお米を、圧力がまに入れて、それから水を入れます。カップ3杯のお米に、カップ4杯の水。
「さあ、勝負は明日だ!」
 キトラは、腕をまげてぐっと力こぶを作ろうとしましたが、細い腕なのでそういうものはできませんでした。

 土曜日の朝になりました。
 めざまし時計がなるまえに、キトラは目をあけます。
「ふぁふ……」
 キトラは目をこすりながら、起きます。
「なんか、あんまりねむれなかったなぁ」
 つりと、おべんとうが気になって、何度も目をさましていたのです。あいかわらず、小心者です。
「……うるさいよ」
 キトラは台所に行きます。
 きちんとかたづいた台所です。まだだれもおきていません。
 台所のまどから、朝のお日さまの光がさしこんで、水道のじゃぐちがぴかぴか光っています。
「なんか、ちょっと気持ちいいなぁ」
「あらあらあら、もう起きたてたのね、キトラ」
 お母さんのアスタさんが台所に顔を出します。
「おはよう、キトラ」
「おはよう、お母さん」
「おべんとう、だいじょうぶそう?」
「まかせて」
「そう。じゃあ、本当にあぶない時だけ、声かけるけど、それでいい?」
「いいよ。しっぱいしてもモンク言わないし」
「分かったわ。がんばってね」
 それだけ言ってお母さんはリビングへ引っ込んでしまいました。
「さあて、まずは……」
 キトラはちょっとかんがえます。
「あ、ごはんたかなきゃ」

 圧力がまをコンロにかけて、火をつけます。
 キトラたちだけだと、火は使ってはいけないと言われていますが、今日はお母さんがリビングから気にしてくれているので、だいじょうぶです。
「おべんとうのメニューは、と」
 冷蔵庫をあけます。昨日お母さんがゆでたアスパラガスとブロッコリーが入っています。
 キトラは、アスパラガスと、ベーコンを出します。
「まずは、アスパラガスのベーコンまき!」
 アスパラガスをまないたにのせて、包丁で同じくらいの長さに切ります。それを3つづつまとめて、ベーコンでまいて、ようじでさして――。
「ん……あれ? ようじ、どこにあったっけ。ようじようじ……やまだようじ……男はつらいよ……」
 わらってはいけません。キトラはまじめなのです。
「……今のはふつうにダジャレだよ、わらってもらった方がいいよ!」
 見つからないので、ダイニングのテーブルの上のようじさしからとります。
「きれいかどうか、ちょっと気になるけど、まあいいや。火はとおすし」
 キトラはベーコンとアスパラガスをようじでつきさしてとめます。
「これはお手伝いで何度か作ったことあるから、どうということもないね、ふふん」
 キトラはよくお手伝いをする、計算高い子なのです。
「……すなおにほめてよ」

 お皿の上に、アスパラのベーコンまきが6つ、ならびます。
「おべんとうに2つ、それから、朝ごはんに4つでいいね」
 つぎに冷蔵庫からふくろに入ったウインナーを出します。
「あらびきウインナーだよ。あらびきなところがいいんだよね、あらびきじゃないとやっぱりね」
 キトラはわかって言っていません。なんか手なれてるっぽいことを言いたいだけなのです。
 ウインナーのふくろをキッチンバサミで切ったところで、圧力がまがシューシューと音を立てはじめました。
「おっと、はいはいはい」
 キトラはウインナーをおいて、圧力がまの火を弱めて、キッチンタイマーをかけます。
「シューとなったら、弱火で5分、あかごないてもふたとるな……とるな、っていうか、とれないよね、圧力がまは」
 あらためて、ウインナーをまないたの上に出します。12本入りぜんぶ。
「おべんとうに4本っと。さて、もんだいです、だとすると朝ごはんで食べるウインナーは、ひとり何本づつになるでしょう! シンギング、ターイム、って、シングでどないすんねん! って、大阪か! ちゃうねん、わかやま生まれの、こうべ育ちー」
 ねぶそくのせいで、キトラはみょうなテンションになっています。リビングで新聞を読んでいるお母さんの肩が、ヒクヒク動いています。
 キトラはウインナーと包丁をもちます。
「タコさんウインナーとかにはしません! なぜなら、ウインナーはウインナーだけで勝負できると思うからああ! 大体、ウインナーはタコよりもおいしいじゃん、どうしてまずいもののマネなんかするのさ!」
 なにとたたかっているのかは、よく分かりませんが、思うところがあるようです。
 キトラはウインナーの横に、ななめに切れ目を入れていきます。いためた時にふくらむ、よくあるかざり切りです。
「こういう時は、包丁の根本を使うと良いんだ。こう、親指と人さし指でしっかり刃を持って、ちょっとづつ動かす。これができると、リンゴの皮だって、だいたいつながったままむけるんだよ」
 ぜんぶお母さんのうけうりですが、料理が好きな方なのはまちがいないようです。
「……たまに、キトラ運送でまかない作るからね。まあ、まにあわせのかんたんなものしか作れないけど」
 かわいげのない子供です。
 ウインナーに切れ目を入れ終わった時に、ちょうどキッチンタイマーがなりました。

 フライパンをコンロにかけて、火をつけます。
「そうだ、かんきせん」
 かんきせんのスイッチを入れます。
 フライパンがちょっとあったまったところで、サラダオイルをひとたらし。さいしょはトロッとしているオイルが、サラサラながれて広がりやすくなったら、それなりにあったまった合図です。
 キトラはウインナーとアスパラガスのベーコンまきをフライパンに入れます。
 じゅうぅぅぅ……。
 さいばしで、かるくウインナーとベーコンまきに油をなじませたら、後は弱火でじっくり焼きます。
「弱火でやらないと、ウインナーは皮がやぶれるだけだし、ベーコンまきはこげるからねー」
 焼いている間に、冷蔵庫からもやしとピーマンを出します。
 もやしをザルにとってあらって、ピーマンを二つに切ってタネをとってから、もやしとおなじぐらいの太さにきざみます。
 とちゅう、何度かウインナーとベーコンまきをひっくりかえします。
 その手ぎわがけっこう良くて、やっぱりかわいげがありません。
「……時間もかぎられてるのに、しっぱいしそうなメニューなんて作らないよ、そりゃあ」
 ウインナーの切れ目がキレイに開いてきました。ベーコンまきのベーコンも、しっかり焼き色がついています。
「よし」
 キトラは大きいお皿にウインナーとベーコンまきをあけて、同じフライパンでピーマンともやしをいためます。さいばしにモヤシがカチカチひっかからなくなってきたら、いたまった合図。塩をひとふり。
「ピーマンもやしいため、出来上がりっ!」

「……ここまでは、ほんのこてしらべ」
 キトラの顔はしんけんです。
「この一品が上手く行くかどうかで、おべんとうのいろどりがかわってくるんだ……」
 キトラは冷蔵庫からそれをとりだします。
 白く、丸というか卵型をしたそれは!
「……いや、卵だよ。卵型って言っちゃまんまでしょ、そのまんまでしょうよ」
 キトラは卵を2つ、小さいボウルにわります。
 それから、水を少しに塩少し。
 コンロには、しかくい卵焼き用のフライパン。
 作るのは!
「……いや、卵焼きだよ。卵焼き用のフライパンって言ったらバレバレでしょ、そのまんまでしょ」
 キトラはコンロに火をつけ、卵焼き用のフライパンをあっためて、油を入れてそれから。
「いざ!」
 といた卵を流し入れます。
 じゅわぁぁぁあああああ……。
 いい音を立てながら、卵がぼこぼこあわだちながら焼けるのを、キトラはさいばしで片方にまとめていきます。
「フライ返し!」
 キトラはフライ返しで卵をぎゅっと押して四角くしていきます。そして、卵の下にフライ返しをさしこんで――。
「せーーーのおおおおっ!」
 ぼろり。
「あ」
 ひっくりかえそうとしましたが、卵に大きく切れ目が入り、くずれてしまいました。それだけではなく、ところどころ、バラバラのボロボロになっています。
「早くかたまりすぎだよぉ……」
 キトラはため息をつきます。
「ふふ、しかし、しかししかああし! こんな時にもあわてない、うろたえない! ドイツ軍人はうろたえない!」
 キトラはドイツ軍人ではありません。なにか、おもしろいことを言って、しっぱいをごまかそうとしているのです。
「まだしっぱいしてないんだってば!」
 卵をまた一つ出します。
「卵を足せば、くっつけることができるのだ!
 ボウルでといて、くずれた卵焼きにかけます。
「これで!」
 フライ返しでまとめます。新しく入れた卵がキレイにまとまっています。
「さあ、ひっくり返し……」
 ぼろり。
 卵焼きは、真っ二つにおれてしまいました。
「なんの!」
 もう一つ。
 ばららっ。
「やらせはせん!」
 もう一つ。
 ぼろっ!
「そこっ!」
 もう一つ。
「って」
 いつの間にか、もともとそんなに大きくない卵焼き用フライパンは卵でいっぱいになっていました。これを失敗したら、もう卵を足す事なんて、出来ません。
 おべんとうに、スクランブルエッグを持って行くのは、やるせないものです。
「ひっくり返す! ゼッタイ、ひっくり返してみせる!」
 キトラは卵と卵焼き用フライパンの間に、すいっとフライ返しをさしこみ、それから、体ぜんぶを卵の動きに合わせてゆらします。
 ゆら、ゆら、ゆ……ら。
「すわっ」
 するり。
 と。
 卵はひっくり返りました。
 ちょっと茶色くなっていましたが。
 くずれては、いませんでした。

「やった……やりとげた」
 キトラはこみ上げてくる笑いをかみころしながら、圧力がまのフタをとります。
 もわっと熱い湯気が上がります。
 おべんとう箱にご飯をぎゅっとつめて、ウインナー、アスパラのベーコンまき、四角く切った卵焼き、それからのこったところにはピーマンもやしいためをつめます。
「はははっ、出来た、ついに完成だ! ふはははは、はははははは!」
 どこのマッドサイエンティストでしょう。
「キトラ、どう?」
 お母さんがやって来ます。
「ああ、お母さん、ほら、出来たよ!」
「あらあらあら、おいしそうに出来たわね。すごいわキトラ。もうこんなに上手になったのね」
「まあね……で、こっちは朝ごはん」
 キトラはおべんとう箱に入らなかったおかずを見せます。
「ふふ、ありがとう。卵焼きがいっぱいなのね」
「……うん。その、お父さん卵好きっていう事も考えなくはなかったし」
「えっと、ちょっとおべんとう箱かしてくれる?」
「なに?」
 キトラはお母さんにおべんとう箱をわたします。
「あ、やっぱり」
「え?」
「せっかくのところ悪いけど、冷ましてからつめないと、いたんじゃうわよ。一度出しましょ」
 そうです。
「え……あ」
 キトラはすっかりわすれていましたが。
 おべんとうは、さましてからつめないと、くさるのでした。

 キトラたちは、川べりに並んでつりをします。川べりには短い草が生えていて、ちょっとした芝生みたいです。空はくもっていて、それほど暑くはありません。
「……ううっ、カンペキだと思ったのに、最後の最後で」
 キトラはためいきをつきます。
「どんなに上手く出来てても、くさったら食べられないじゃないか。うーむ……」
「あーーー、ゼンゼン、つれねえ!」
 サリスがサオをおいて、ねころがります。
「ノクタのしかけ、使うか?」
 ノクタが心配そうに言います。
「……ノクタしか、釣れてないからね」
 ラグヤもサオを置きます。
「昼飯食った後は、そうしてみるか」
 サリスは起き上がります。
「さ、べんとうにしようぜ!」
「そうだそうだ、お昼だぞ」
「……そうだね」
「食べようか」
 キトラたちは、おべんとうを出して、フタをとります。
「ん? キトラのべんとう、あんまりキレイじゃないな」
「そうだそうだ、いつもとちがうぞ」
 ならべてみると、キトラのおべんとうは、スキマがあって、色が悪くて、みんなのよりもあんまりおいしくなさそうです。
「あー、まあ、その、これは……」
「……ひょっとして、キトラが作った?」
「えっ、そこまで出来たのかキトラ!」
「そうなのか、そうなのか、すごいぞ!」
「え? まあ」
「すげーなぁ。オレなんか、なっとうまぜるぐらいしかできねーぞ」
「ノクタはおかしなら作れるな」
「……ちゃんと、おべんとうになってるね」
「あは、あははは、ははは、まあ、それほどでも、あるけどね!」
 キトラは、笑いました。ちょっとしずんでいた気分がどっかへ行ってしまいました。
「じゃ、食べよう。いただきまーす」
「いただきます」
「そうだ、そうだ、いただきますだ」
「……いただきます」
 川から涼しい風がふきぬけて行きました。

【おしまい】