キトラの冒険
作:ごんぱち
その87『お茶はおいしい?』

 夕方、会社から帰って来たお父さんのナラキさんが、ダイニングのテーブルに銀色のパックをおきます。
「あら、これ」
「新茶だよ」
「まあまあまあ! 飲みたいと思ってたのよ」
 お母さんのアスタさんはうれしそうです。
「しんちゃ……お茶?」
 キトラはパックを手にとります。
「にいちゃんがにがくてのめないおちゃだな!」
「飲めなくはないよ、飲めなくは」
 妹のタウラも、きょうみがあるようです。
「じゃ、あとでみんなで飲もうか?」
「明日にしましょ。夜にねむれなくなっちゃうわ」
「ははっ、そうか、そうだったね」
 お父さんは、ばんごはんの料理をテーブルにはこびはじめます。
「にいちゃん、おちゃをのむとねむれなくなるのか?」
 食器をはこびながら、タウラがたずねます。
「うん。カフェインっていうのが入ってるんだよ」
「ふうん。じゃあ、カフェインっていうのがはいっていると、どうしてねむくならないんだ?」
「どうしてって……そういうものだからだよ」
「ききかじりだと、きちんとせつめいができないな?」
「うるさいよ!」
 かんたんに言うと、カフェインは脳の中のねむくなるスイッチが入るのをジャマしてしまうのです。キトラは知らないみたいですが。
「だいたいのひとは知らないよ! そもそも、キミだってなんかで調べたんだろ?」

 つぎの日。
 雨がしとしととふっています。
「じゃ、行って来るわ、おるすばんよろしくね」
 お母さんが出かけて行きます。
「いってらっしゃい!」
「いってらっしゃーい」
 キトラとタウラはお母さんを見おくってから、リビングにもどります。
「じゃあ、つづきだぞ、タウラ」
「かえりうちにしてやるぞ、にいちゃん」
 キトラとタウラは、テーブルにカードをならべます。
「じゃ、ぼくのターンから。スケルトンでミノタウロスを攻撃、と」
「ふふん、アイテムカード、プレートメイルだ!」
「ぬぐっ……おしきれない」
「タウラのターンだぞ。じゃ、ここはとるぞ。つぎはにいちゃんだ」
「じゃあ、マジックミサイルでダゴンを攻撃後、リザードマンでたたみかける」
「にいちゃんあまいな、タウラがぼうぎょアイテムをひとつしかもってないとでもおもったか? グレイルでダメージゼロだ」
「……ふふ、ふふふ、ふはははは! ぼくのつかったアイテムは、グレムリンアミュレットだ! グレイルを破壊、リザードマンの攻撃がそのまま入って、ダゴンはピッタリ、ヒットポイントゼロだ!」
「ぬ、ぐぅ、そこのダゴンをやられると……タウラは、とても、こまる」
「ふふ、戦いとはつねに2手、3手先をよんでおこなうものだよ!」
 それからしばらくの間、キトラとタウラがカードゲームをつづけます。
「――よし、ぼくの勝ちだ!」
「もうひとしょうぶ! もういっかいだ、にいちゃん!」
「いいけど、その前にひと休みしようよ」
 キトラは広げたカードをまとめます。
「おやつか?」
「おやつはさっき食べたでしょ」
「そぉでしたかいのぉ……」
「ムリにボケなくていいよ」
「ノリがわるいな、にいちゃん。こういうときは、『さっきたべたでしょ、おばあちゃん』だぞ」
「昭和か!」
「ひとのツッコミをパクるのはよくない」
「いーじゃん、好きなんだよ、テツ&トモ」
「……ほんとうにすきなのか? タカアンドトシのこと」
「ボケだよ! わざとだよ!」
 キトラはイスから立ちます。
「おやつはともかくとして、水か牛乳でも飲もうか」
「うーん……」
 タウラはむずかしい顔をします。
「どうしたの、タウラ」
「きょうはちょっとさむいから、あんまりつめたいのをのむってきぶんじゃないぞ」
「……幼稚園児がなまいきなこと言ってるなぁ。まあわかるけど」
 キトラは冷蔵庫から牛乳を出します。
「じゃ、ホットミルクにしよう。電子レンジですぐだしね」
 戸だなから、マグカップも出します。
 それから、マグカップに牛乳をそそごうとして。
「――まてよ?」
 キトラは手をとめました。
「どうしたにいちゃん?」
「お茶、飲んでみようか」
「にいちゃん、火をつかうのはダメなんだぞ」
 キトラはコンロの火をつけることも消すこともできますが、キトラたちだけの時は、やってはいけないことになっています。
「お湯はポットに入ってるのをつかうんだよ」
「ポットのおゆもヤケドするからダメっていわれてるぞ?」
「ぼくは使ってもいいって、言われてるからだいじょうぶ。だいたい、電子レンジを使ってよくて、お湯がダメってのもヘンな話でしょ?」
「なるほど、へりくつを言わせたらすごいな、にいちゃんは」
「『へ』がよけいだよ、『へ』が」
「にいちゃん、『へ』がなかったら、ヘリコプターはリコプターだし、ヘモグロビンはモグロビンになるぞ」
「ならないならない」
 キトラは戸だなの右のほうにある茶筒をとります。茶筒のフタをとると、中にはふうを切った新茶のパックが入っています。
「あれ、もうあいてるね」
「おとうさんとおかあさんがのんだんだな」
「さいしょからあいてると、ちょっと気が楽だね」
「きにしすぎだにいちゃん、ハゲるぞ」
「うっさい」
 キトラは食器洗い機をあけて、中に入っているきゅうすを出します。洗いおわってすぐらしく、まだ温かいです。
 きゅうすの中に鉄のアミを入れて、そこにお茶の葉っぱを入れて、それからポットのお湯を入れます。
 こぽこぽこぽこぽ……。
 お茶のかおりがただよいます。
 これを、キトラはマグカップにそそぎます。
「はい、おまたせ」
「ホントウにけっこう、まったぞ」
「いーじゃん、べつに」
 キトラとタウラは、マグカップに入れたお茶をゆっくり飲みます。
「む……」
「ぐ……」
 タウラは、顔をしかめます。
「にがいぞ……」
「んー、なんか、口の中に残る感じだね」
 しぶみなのですが、キトラたちにはイマイチせつめいできない味なのです。
「おいしくない! タウラはちゃんとしたものがのみたいぞ!」
「ちゃんとしたものにはちがいないよ」
 キトラはマグカップをみつめます。
「んー、なんか、おいしくならないかな?」

 キトラとタウラは、お茶の入ったマグカップをテーブルに置きます。
「これをおいしく飲む方法……」
「はい、にいちゃん」
「なにかアイデアがあるかね、タウラくん」
「まず、これをひとくちだけ、べつのコップにうつして」
「ふむふむ」
 タウラはもうひとつカップを用意して、お茶をうつします。
「ここに、ミルクとさとうをたっぷりいれるとおいしいとおもうぞ」
「……それ、お茶じゃないでしょ、お茶のまじったミルクでしょ!」
「ダメか」
「お茶でなくすんじゃ、意味がないんだよ――でも、まてよ」
 キトラはふと気づきます。
「お湯で半分ぐらいにうすめるのは、悪くなさそうだね」
「いっしょじゃないか?」
「お湯だし、半分だし、ゼンゼンちがうよ」
 キトラはお茶を半分カップにうつして、ポットのお湯をたします。
「どうかな……」
 うすい色になったお茶に、口をつけます。
「あちち……」
 ふきさまして、あらためて。
「ん……む、うむ」
「どうだ、にいちゃん?」
「やっぱりなんか、ダメだね。にがいのがグッと来る」
 キトラは飲みかけのカップを置きます。
「これなら、半分の量をうすめないでムリに飲んだ方がマシだ」
「それはぜんぶにいちゃんが飲むんだな? タウラはにいちゃんのしっぱいのしりぬぐいはしたくないぞ」
「……はじめからそのつもりだよ」
 キトラはうすまったお茶を見ます。
「お菓子といっしょだと、気にならないのになぁ」
「じゃあ、おかしをたべよう、にいちゃん」
「おやつはさっき食べたでしょ!」

 雨の音は大きくなっています。
「お茶、お茶……そうだ」
 キトラはおはしを持って来ます。
「にいちゃん、おちゃははしにもぼうにもかからないぞ?」
 あきれ顔でタウラがつっこみます。
「お茶をつかむわけじゃないよ。まぜるんだよ」
「まぜる? しおでもいれるのか?」
「なにか味をつけるっていうのは、まけた気がするからやらないよ」
 キトラはカップの中のお茶をおはしでぐるぐるかきまぜはじめます。
「なにもいれずにまぜて、どうにかなるのか? にいちゃん」
「よくわかんないけど、前テレビでお茶を出すときに、あわだてきみたいなのでまぜてたんだよ。ひょっとしたら、と、思ってね」
「だったらにいちゃん、あわだてきでまぜればいいじゃないか」
「カップの中に入らないでしょ」
「にいちゃん」
 タウラは笑って肩をすくめます。
「あんがい、頭がかたいな」
「なんだよ?」
「カップからボウルかどんぶりにうつせばいいじゃないか」
「あ、ああ、そうか。まあ、そうだね」
 キトラは台所からボウルを持って来て、お茶を入れます。
 それから、あわだてきでまぜはじめます。
 かしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃ……。
「さあ、がんばれにいちゃん、まけるんじゃないぞにいちゃん、うでがおれてもまぜまくれ!」
「リズムがくるいまくったかけ声はやめてもらえるかな……」
 どんどんどんどんまぜます。
「アワは出ないなぁ」
「でるものなのか?」
「うん。テレビでは、うつわの中で、ぷつぷつって感じで」
「セッケンいれるか?」
「……後で飲むんだよ」
「ああ、そうだった」
 まぜてまぜてまぜてまぜつづけます。
「ふぅ、ひぃ、あー、手が痛くなった」
「そんなことじゃ、りっぱなパティシエになれないぞ、にいちゃん」
「なろうともしてないし、なれなくてもいいよ」
「いいのか? このさき、ほんとうにパティシエになりたいとおもうときがこないとおもうのか?」
「きたとしても、そのときにこうかいするほどには、今の言葉は重くないよ」
 キトラはボウルのお茶をカップにもどします。
「んー」
「どうだにいちゃん?」
「ちょっと、にがさがなくなったような?」
「ほんとうか! じゃあ、タウラのもやってくれ! さあはやく! さあ!」
「手がクタクタだよ、自分でやりなさい自分で」
「おんなのたのみをことわるんじゃ、いいおとこになれないぞ」
「つごうのいい男のまちがいでしょ」
 タウラもお茶をボウルにいれて、まぜはじめます。
「ふー、つかれたぞ」
「早っ!」
「だって、まぜにくいんだぞ」
 タウラはあわだてきで、お茶をまぜます。がっしゃがっしゃ、ボウルの右へ左へあわだてきがぶつかって、ぜんぜん回っていません。
「そうじゃないよ、こう、ボウルの底を少しすってから、回す感じで」
「こうか?」
「ちがうって」
「それじゃ、こう?」
「いや、だからこうだよ」
 キトラはボウルとあわだてきをうけとって、お茶をまぜます。
「こう」
 カシャカシャ、リズミカルにお茶をまぜていきます。さっきまぜたこともあって、手もなじんでいます。
「ふうむ、よくわからないな」
「だから、こうだよ」
「ちょっとうしろからもみさせてくれ」
「よく見るんだぞ」
 タウラはあちこちからキトラの動きを見ていましたが。
「よし、だいたいわかったぞ、にいちゃん」
「そっか。んじゃ、はい」
 キトラはボウルをわたします。
「ありがとう、にいちゃん」
 タウラはボウルの中身をカップに入れます。
「……って、けっきょく、ぼくがまぜてるじゃん!」
 わりとベタな手にひっかかるキトラでした。
「じゃ、のんでみるぞ」
 タウラがカップに口をつけようとした時。
「――ただいまー」
 お母さんが帰って来ました。

「お茶をおいしく?」
 買い物袋をおろしながら、お母さんはキトラとタウラから話を聞きます。
「あらあら、キトラはいつもちょっとせのびしたがるわね、ふふっ――ちょっとかして」
 お母さんは、カップをもって、冷蔵庫の製氷室をあけます。
 それから、氷をひとすくい入れます。
「はい」
「え?」
「ひやすだけか? おかあさん」
 キトラは氷の入ったお茶を飲みます。
 キリッと冷たいお茶は、にがさもほとんど気になりません。むしろ、ちょっとのにがさが、スッキリさをまします。
「あ……飲みやすい」
「にいちゃん、ひょっとしてだけど、まぜたらのみやすいのって、たださめただけじゃないのか?」
 タウラも水みたいにお茶を飲んでいます。
「……そうかも」
「あら、まだお茶のこってるわね。もらうわよ」
 お母さんは、きゅうすにのこっているお茶を、湯のみにそそぎます。
「んー、ちょっとさめてるけど、新茶の良い香り」
 うれしそうにお母さんはお茶を飲みました。
(うーむ)
 カップに残った氷をキトラは見つめます。
(やっぱり、大人の味の感じ方は、分からないなぁ)
 雨はいつの間にかやんで、まどの外は夕日にそまっていました。

【おしまい】