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キトラの冒険
作:ごんぱち
その83『バターサンドはくだけやすい』
「あ、そろそろ3時だ」
リビングのテレビで、妹のタウラとゲームをしていたキトラは、時計を見てつぶやきます。
「兄ちゃん、おやつだぞ!」
キトラとタウラは、リビングのとなりのダイニングに来ます。
テーブルの上にはハコが一つ。
お母さんのアスタさんが、仕事のしりあいからもらった、北海道のおみやげです。
「たべよう、たべよう!」
「まちなさい、牛乳といっしょに食べなさいって、お母さん言ってたでしょ」
キトラはれいぞうこをあけて、牛乳を出すと、マグカップにそそぎます。それから、電子レンジであたためます。
「まだか、兄ちゃん!」
「まだだよ。入れたばっかりでしょ」
電子レンジの中で、キトラとタウラのマグカップが2つ回っています。
「……まだか、兄ちゃん!」
「さっきからまだ5秒もたってないよ」
「まだか、兄ちゃん!」
「まだだって言ってるのに。生ぬるいのがいちばんおいしくないんだよ」
「だったらつめたいのでいいじゃないか」
「つめたい牛乳のむと、タウラがおなかこわすんじゃないか」
「タウラにかまうな! かまわずそのままだせ! ジコギセイだ」
「タウラになんかあると、ぼくがおこられるの」
「それならもっとタウラはかまわない」
「……だろうね、そんなだよ、君のキャラは」
電子レンジが鳴りました。
キトラはあったまった牛乳をスプーンでかきまわして、それからひとくち飲んでみます。
「うん、だいじょうぶ」
キトラは牛乳をテーブルにはこんでから、ハコのフタをとります。
中には銀色のふくろに入ったおかしが入っています。16個入りのところ、もうだいぶなくなっていて、のこりは5つ。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきます!」
ギザギザのところから、キトラはふくろを切ってあけます。
ほしブドウをねりこんだバターのクリームを、クッキーではさんだおかし、バターサンドです。
キトラはバターサンドをかじります。
サックリとしたクッキーのあとに、ねっとりあまいバターのクリーム。これだけだと、くどい味になるところですが、ほしブドウのさっぱりした香りとすっぱさで、ちょうどよくなるのです。
「んーー、おいしっ!」
「おいしいな、兄ちゃん、おいしいな!」
キトラとタウラは、たちまち1つ目のバターサンドを食べ終えます。
「お母さん、ぜんぶたべていいって言ってたな? 兄ちゃん?」
「うん。そう言ってたよ」
キトラとタウラは、おたがいにつぎの1つをとります。
「あぶらって、ハイになるよね!」
「クッキーのしっとりでさっくりだ!」
たちまちつぎの1つも食べつくして、牛乳を飲みます。
「ふはーー」
「ふぅ」
キトラとタウラはハコを見ます。
ハコの中には、バターサンドが1つだけのこっていました。
タウラはバターサンドに手をのばそうとします。
「……こら、タウラ」
「なんだ、兄ちゃん」
「最後の1つを、なんのえんりょもなくとろうとするんじゃないよ」
「わかった。すまないな、兄ちゃん。もらうぞ」
「……えんりょしたフリをすれば良いってもんでもないよ」
「むぅ」
タウラは手をひっこめます。
「じゃあ、どうするんだ、兄ちゃん」
「うん……ちょっと困ったことになったと、ぼくも思うんだ」
じぃっとバターサンドの銀色のつつみを見ます。
「これって、ゼッタイ、黄金のリンゴだと思うんだよ」
「リンゴは入ってなかったぞ?」
「いやね、つまり、うばいあうすがたを上から目線で見て、笑おうとしているのさ」
「むっ、ためされているのか、ヤツに」
「うん。あいつはネタびんぼうだから、たまにこういう、カビが生えてくさりきったような古いことをやるんだ」
……ひとをネタびんぼうと言ってはいけません。本当であろうとなかろうと、言うべきでない事というのがあるのです。
「だいたい、このおみやげは、もともと16個入りなんだ。さいしょに家族みんなで1個づつ食べて、それから後はおやつにぼくとタウラが1つづつ食べてたんだ。それが、5個なんてハンパな数のこるというのは、おかしいんだ」
「ふうむ。じゃあ、ケンカやひとりじめはダメだな」
「うん。なかよく問題をカイケツしようじゃないか」
キトラとタウラはかたいあくしゅをします。
……ちっ。
「わはは、くやしがってる!」
「ははは、タウラたちのかちだ!」
「さて、と、だよ」
キトラとタウラは、テーブルの上のハコの中のバターサンドを見つめます。
「じゃあ、これ、どうしようか?」
「はんぶんづつだろう?」
「そこが問題だよ」
「なんだ兄ちゃん、はんぶんというのはだな、こっちとこっちが、おなじ大きさのことを言うんだ」
「……それは知ってるよ」
キトラは、カラのフクロをくしゃっとにぎります。
「問題は、キチンと半分にできるのか、ってことさ」
「切ればいいじゃないか、兄ちゃんがほうちょうで」
「ぼくたちだけの時は、ほうちょうはさわっちゃダメって言われてるでしょ?」
キトラは、ほうちょうでキャベツをきざんだり、リンゴのかわをむいたり、ゴボウをささがきにするぐらいのことはできます。でももしもケガした時に、手当てができないと困るので、お父さんかお母さんがいない時にしかほうちょうにさわってはいけないと言われているのです。
「そういうルールがあったのか」
「まあフツウだと思うよ」
「でも、だったらちぎればいい。ビスケットとクリームだ、カンタンなものだぞ。なにがモンダイなんだ?」
タウラはクビをかしげます。
「手でちぎったら、大きさがピッタリ半分にならないよ」
「!!」
タウラは思い切り気がついた顔をします。
「こっちが大きいから、少しへらして、なんてことをやってたら、ビスケットがぜんぶくずれて粉になっちゃう」
「なるほど、兄ちゃんはアタマをつかうのがうまいな。トモダチがすくなくて、いつもいろいろかんがえてるだけのことはある」
「友だちは、数で良い悪いがきまるものでもないでしょ――あ、タウラ、牛乳飲む?」
「おう、あったかいのをもらおうか、マスター」
「はいはい、ただいま」
キトラは牛乳をもういっぱい、電子レンジであっためます。
湯気の立つ牛乳を、キトラとタウラはまた飲みます。
「半分というのはダメだと思うんだよ」
「でもなぁ……そうだ、こういうのはどうだ?」
「なに?」
「兄ちゃんがわけて、タウラがえらぶんだ」
「いや……そのつもりで話をしてるんだよ。そうじゃなかったら、ピッタリ半分とか考えないよ」
「ふうむ。こまったな」
「困ってるんだよ」
キトラとタウラは牛乳を飲み終えます。
「うーーーん」
「ううむ……」
キトラとタウラは考えます。考えますが、あるていどまで分からなくなると、考えなんてすすまなくなるものです。
ふたりが考えこんだフリをして、いつの間にかべつの事を考えたりしていると。
「げふっ」
「ぅげぷっ」
げっぷが出ました。
「……なんか、さ、タウラ」
「なんだ、兄ちゃん」
「ええと、ぼくはまだまだ全然食べたい気持ちはこれっぽっちもゆらいでなくてタウラにこのおかしをゆずって良いなんて思ってないんだけど、少し、ほんの少しだけおなかいっぱいになってない?」
「……その……タウラも、じゅうぶんおなかがすいてるけど、牛乳とかも飲んだから、ほんのちょっっぴりだけ、おなかがふくれた気がしなくもないな」
ムリもありません。
バターとさとうのたっぷり使われたバターサンドは、とてもおなかにたまるのです。1つで165キロカロリー、つまりおにぎりと同じぐらいカロリーがあるのです。
お腹というのは、食べてすぐよりも、少し時間があいたほうが、お腹いっぱいになった感じがしてくるものです。
つまりキトラたちは、もめている間にお腹がいっぱいになってきたのです。
「あのさ」
「なんだ、兄ちゃん」
「ここは、ぼくたちが食べる以外の手を考えるのが、良いと思わないか?」
「ただいまー」
それから少しして、お母さんのアスタさんが、帰って来ました。
「おかえり、お母さん!」
「ただいま、タウラ」
「お母さん、こっちだぞ」
「あら、なあに?」
タウラにつれられて、お母さんはダイニングに来ます。
ちょうど、電子レンジがなりました。
「お母さん、おかえりなさい」
キトラはあたためた牛乳を、テーブルにおきます。
「おつかれさま、お母さん。おやつをどうぞ」
白いキレイなお皿に、フクロから出したバターサンドが1つ。
「あらあらあら、ありがとう」
お母さんはイスにすわって、牛乳を飲み、バターサンドを食べます。
「ん、ものすごく、おいし……ふふっ」
「そうか、そうだろ! おいしいよな、それ」
「そうだよね」
「帰ったらあったかい牛乳とおやつがよういしてあるなんて、何十年ぶりかしら。おいしいわ、それに本当にうれしい」
うれしそうに、うれしそうにお母さんは笑いました。
「ありがとうね、キトラ、タウラ」
『……なあ、兄ちゃん』
タウラはキトラに耳うちします。
『お母さんをよろこばせて、おねだりするサクセンは……』
『……やめやめっ! こんなによろこんでるお母さんに、そんな事言ったらぶちこわしだよっ!』
『じゃあ、タウラは兄ちゃんのせいで、バターサンドをたべそこなったわけか?』
『いーんだよ、こういうつみかさねが、イザって時にきいてくるんだよ!』
『イザっていつだ?』
『イザはイザだよ。その時になれば分かるの』
『男はいつもそう言う』
『どこでおぼえたんだよ、そんなセリフ。しかも使い方もあんまり合ってないじゃないか……』
ほんの少し夕日になりかけた日差しが窓からさしこんで、お母さんのマグカップからたちのぼる湯気を、キラキラと光らせていました。
【おしまい】