キトラの冒険
作:ごんぱち
その76『キトラの海水浴』

 今日も、キトラは夢の世界のキトラ運送の社長室にあらわれます。
「さーて、夏だし、そろそろ草ものびてるかなー」
 かいだんをおりて、うけつけへ。
「おはよう、みんな――あれ?」
「おはようございますであります」
「おはようございますでヤス」
「やあ、キトラ社長、間にあってよかったですな」
 カモメのジョースター、ガース、親方は、いつもの制服ではなく、ハデなアロハシャツを着ています。
「……うちの会社、クールビズ、にしたっけ?」
「なんでありますか、それは?」
 ジョースターは、サングラスをかけます。
「わすれてたんでヤスか? 今日は、社員旅行で海水浴でヤスよ」
 ガースのせおっているリュックから、ビーチパラソルがちょっとはみ出しています。
「あー、そんなの……あったね」
「ははは、キトラ社長はむこうとこっちで生活してますからな。まよったり忘れたりはしかたありませんな」
「そっか……海水浴。なんか、あるような気はしてたんだ」
 キトラはむずかしい顔をします。
「どうしたのでありますか?」
「お中元のはいたつは、きちんとやりくりして今日は大丈夫ですぞ?」
「いやさ」
 キトラは頭をかきます。
「今日……っていうか、今、まさに、あっちでも海水浴のさいちゅうなんだよね」
「へ?」
「え?」
「どういうことです?」
「だから、今、あっちの世界では、海岸でいねむりしてるの。ぼく」

 キトラたちは、自転車で海へむかいます。
 フツヌシの作った自転車ですから、ころぶことはあっても、なにかにぶつかることはありませんし、とてもスピードが出ます。
「そっか、物でおみやげ持って帰って、記憶はおいていけば、あっちの海水浴も新しい気分でできるよね」
 大きい通りをすいすいとすすみます。
 自動車もたまに通っていますが、エンジンがぜんぜんちがうので、音もガスも出しません。
「とはいえ……忘れるのって、あんまり気分のいいもんじゃないんだよね」
「でも社長」
 親方がとなりを走ります。
「けっこう記憶をおいて帰っていらっしゃるではありませんか」
「……そうなの?」
「『今日のばんごはんと同じものを食べちゃった』とか『すごく怖い目にあった』とか『お金を持って帰りたくなった』とか『はずかしい目にあった』とか」
「……弱いなー、ぼく」
「ははは、忘れてしまいたいことを好きに忘れられるのも、また幸せなことですぞ」
「まあねー」
 しばらくの間、キトラはペダルをふみます。
 遠くに見える山が、近づいて来ます。
 ヒスイ色の木の葉が、お日さまの光をうけてきらきらと光り、青い空とまっ白な雲、それからよくわからない五色の光にいろどられています。
「親方」
「なんですかな?」
「気になったんだけど、どうして自転車に乗ってるわけ? 飛べばいいんじゃ?」
「にもつがあるではありませんか」
「持って飛べないの?」
「空力特性のモンダイなのですが、キトラ社長は航空力学についてはどれだけごぞんじですかな?」
「……あ、ごめん、なんか、ムダなツッコミごめん、手におえないツッコミしてごめん」
「キトラ社長! 見えて来たであります!」
 ジョースターの言う通り、山の間からきらきらと光る海が見えて来ました。

 ちょっと黒っぽい砂に、真っ青な海が広がっています。少しはなれたところには、ぼうしみたいな岩がつきでています。
 遠くにぽつぽつとサーフィンをする仙人や、およいでる生き物、ギター片手に曲を書いている五十二歳ぐらいの神様などが見えます。
 キトラたちは海岸に自転車をとめ、水着に着がえます。
 それからみんなでじゅんび運動。
「いち、にー、さん、しっ! そらそら、しっかりやれ! どりょくしたものだけに、せいこうがあるんだ! ワン、ツー、ワン、ツー! どうした、お前の力はそのていどか! がんばれ、お前ならできる!」
「キトラ社長、ビリーズブートキャンプをちゃんと見ていないのに、それを使ってボケるのは、ムリがあると思うであります」
「そもそも、もうはやってないでヤスね」
「いや、それもふまえた社長のボケだと思いますぞ。いわゆる『ナウなヤング』ボケですな」
「解説しないでよ! ボケを解説しないでよ! はずかしいから!」
「さあて」
 ジョースターが首をまわします。
「ボケツッコミでじゅうぶん体がほぐれたでありますな」
「うん、じゃあさっそく」
「飛ぶであります」
「いい潮風でヤスね」
「気持ちよさそうですな」
「えっ、あ、あれ? 飛ぶの? 飛んじゃうの?」
 ジョースターたちは、羽ばたいて空へ。
「カモメが海に来たら、飛ぶにきまっているであります」
「たまに水におりることもありヤスけど」
「これがカモメの海水浴ですぞ」

 キトラはひとり、ビーチパラソルを立てて海岸にのこります。
「……こんな時だけ、カモメの特性を出されても困るんだけど」
 空ではジョースターたちが気持ちよさそうに飛んだり、たまに海面におりてイワシをとったりしています。
「そもそもあれは、本当にカモメなのかな」
 こういうのを、天にツバすると言います。
「まあ、社員が楽しそうにしているのは、会社としてはいいことだよね」
 キトラは水筒から水をのみます。
「じゃ、ぼくはぼくで遊ぼうか。ひとりで時間をつぶせないようじゃ、悪いヤツにつけこまれるからね」
 キトラはビーチパラソルから出て、海にむかいます。
「あちっ、あちっっ、海の砂あちっ!」
 お日さまにあぶられた砂はあつくて、やけどしそうです。
 キトラはぴょんぴょんとびながら、そのまま波うちぎわまで――。
 ばっしゃああっ!
「うひゃあっ、つめたくて気持ちいい!」
 クロール、ひらおよぎ、せおよぎ、バタフライ、好きにバシャバシャとおよぎます。
「どっか遠くまで泳いでみようかな」
 見回してみますが、目印になるものが今一つありません。
「……まあいっか。こうやってるだけで、じゅうぶん面白いや」
 よい子がマネをしてもだいじょうぶな、ジミなアクションしかしないキトラでした。

「ふー、たっぷり泳いだぞ」
 キトラは水から上がります。
 ジョースターたちは、まだ飛び回っています。
「お昼にでもしようかな。どうせみんなは、もうお腹いっぱいだろうし」
 ビーチパラソルの下においてあるにもつからサイフを取って、キトラは海の家に行きます。
「ねえ、カソ、なんかご飯になるもの売ってる?」
「な! なんですか、いきなり当たり前のように!」
 海の家の店員は、火ネズミのカソでした。
「……いや、このシチュエーションでカソが出ないワケないでしょ」
「それはそうですが、こちらから出て、キトラが驚いたりあきれたりして、というおやくそくネタが」
「おやくそくネタでなければ安心できないような心の固まった人は、なっとうの国の王様のロードムービーでも見てればいいんだよ。ぼくらはちがうでしょ、そういうのじゃないでしょ、つねにジョウシキをくずしてみんなを驚かせる、つまりはロックなんだよ」
「……あんな海をモデルなんかにするから、キトラがヘンな事を言い出しましたよ、どうするんですか」
 だって、白い砂浜に青い海って、むしろ作り物っぽくて安っぽいじゃないですか。
「まあいいですけど――ええと、食事になりそうなものだと、シシカバブとかタコライスとかしらすのみじんぎり丼とかですね」
「かたよってるなぁ」
「ここで、具のないラーメン、カレー、やきそばなんか出したら、ロックじゃありませんよ」
「じゃあ、名物のしらす食べようかな」
「はい、1500円です」
「たかっ! そもそも、お金のたんいって、円だったっけ?」
「いえ、なんとなく。分かりやすいかと思いまして。はい、どうぞ」
「ありがと」
 キトラは、海の店の前のテーブルで、しらすのみじんぎり丼を食べます。
 かまあげ、ゆでたてのしらすと、生しらすのみじんぎりに、さっぱりと作られたタレがさっとかかっていて、きざんだゴマとシソが香りを、ミョウガがサクサクしたはざわりを出し、これがほどよくたきあげられたご飯ととてもよくあいます。
「んーー、おいしい!」
「そうでしょう、そうでしょう。わたしは三つ星もらったこともありますからね」
「……あるの?」
「ええ、タレントをやってた時に」
「それは星三つで、三つ星ではないんじゃ」
 話しながら、キトラはしらすのみじんぎり丼を食べ終えました。
「ごちそうさま。でも、ちょっとものたりないかなぁ」
「では、スイカわりなんかどうです?」
 カソがクサリにつないだスイカを見せます。
「……それ、ずっと前にガードマンやった時の、動くスイカだよね?」
「ええ。これをにがさないように追いかけて、ぼうでたたきわるんですよ。毎年、けが人がいっぱい出る、エキサイティングなゲームで」
「やめとくよ。ひとりでやるタイプの遊びじゃないし」
 店ののきさきにつるした風鈴がなります。
「かき氷――いや、ラムネもらうよ」
「はい、まいどありがとうございます」
 カソは、水を入れたケースから、ラムネをとると、せんぬきでフタのビー玉をおしこみます。しゅわっっと泡が出て、ちょっとこぼれかけているのを、キトラにわたします。
「ありがと」
 キトラはごくり、と一口。
「あー、あつい時のタンサンっておいしいよね」
「スイカ割りがダメなら、ビーチボールはどうです?」
「いらないよ」
 キトラはあくびを一つ。
「そもそも、今日は、記憶を持って帰らない日なんだ。もう、のんびりムダにすごすよ。草でもあればむしりたいけど」
「なんだ、そうでしたか」
 カソも、キトラのとなりにすわります。
「じゃあ、なにをおみやげに持って帰るんですか?」
「なににしようかなー」
 キトラはラムネをのみほします。
「出先だから、大きなものを持ってかえってもあつかいに困るだけだし」
 空になったラムネのビンを日にすかします。中には、フタのビー玉がコロコロところがっています。かざりのまったくないビー玉ですが、すきとおっていてまんまるで、宝石みたいです。
「ま、これでいっか」
「だとすると、ビン代、かえせませんけどいいですか?」
「分かってるって」
「割るなら、うらのゴミ捨て場でやって下さいね」
「ぼくがビー玉だけ持って帰りたいと思えば、ビー玉だけもって帰れるんだよ」
「きようなもんですね」
「ま、持ち帰った時の記憶はなくなっちゃうから、本当に出来てるかどうかは分かんないけどね」
 キトラはわらってラムネのビンをふります。ビー玉は、チリチリとすんだ音を立てました。

【おしまい】