キトラの冒険
作:ごんぱち
その75『花火はいつやる?』

「ねえ、お母さん、草むしりするところない?」
 日曜日、キトラは、お母さんのアスタさんにたずねます。
「昨日庭はぜんぶおわったから、ないわねぇ」
 パソコンにむかっていたお母さんは、マウスをもったままでこたえます。
「ちょっとでもいいんだけど……」
「ありがとう。夏になったらどんどんのびるから、またおねがいするわね」
「う……ん」
 キトラはサッシのガラスごしに庭をながめます。
「あー、草をむしりたいなぁ」
 庭には草は一本も生えていません。キトラがすっかりぬいてしまったのです。
「草……あの根っこが土といっしょに、ぼこってなる感じが」
 指をわきわき動かします。
「ええいっ」
 キトラは首を横にふります。
「ダメだダメだ、こんなキャラはダメだ! どんなマニアだよ!」

「宿題でもやろう、べつにヒマってわけじゃないんだし」
 キトラは自分のへやのある二階へ上がります。
 二階のお父さんとお母さんのへやでは、お父さんのナラキさんがかたづけをしていました。
「ああ、キトラちょうどよかった」
 お父さんは、おしいれからふとんを出して、カバーをかけかえています。
「ちょっとそっち持ってくれないかい?」
「いいよ」
 キトラはふとんカバーのはしっこと、中のふとんのかどをいっしょに持ちます。その間に、お父さんは、べつのはしっこにふとんのかどを合わせます。
 ぜんぶかどをそろえて――。
「せーのっ」
「よっ!」
 ばさりとふとんをふると、カバーがぴしりとふとんにかぶさりました。
「つぎはこっちだ」
「はいっ」
 キトラとお父さんは、カバーをどんどんかけます。
 ひとりだと時間がかかりますが、ふたりでやればかんたんです。あっという間に、カバーをかけおわりました。
 カバーをかけおわったふとんを、お父さんはおしいれにもどします。
「ありがとう、たすかったよ、キトラ」
「どういたしまして」
 自分のへやにもどろうとしたキトラは、ふと、タタミの上にあるものに気づきました。
「あれ、お父さん」
「ん?」
 ふとんがなくなったタタミの上には――。
「ああ、花火だよ。前に何だかでもらったのが、出て来てね」
 たしかに花火でした。小さいパックですが、花火です。
「わぁ、ひさしぶりだなぁ」
 キトラは花火のパックを手にとります。
 赤、黄色、むらさき、ハデな色のついた花火が、何本か入っています。
「お母さんに、晩ごはん少し早くしてもらおうよ」
「あー、いやいや、キトラ。今日はやらないよ」
「え? やらないの?」
「花火は夏じゃないとね」
「そっかー」

 キトラは自分のへやにもどります。
「花火やりたかったなぁ……でも、まだ春だもん、しかたないよね
 机にむかいます。
「夏になれば、花火もできるし、草はのびるし、花火はできるし、草はのびるし、草はのびるし、ああ……夏に早くならないかなぁ、草がのびるし、草がのびるし……」
「にいちゃん!」
「うひゃあああっ!」
 とつぜん声をかけられて、キトラはびくっとしてふりむきます。
「にいちゃん、花火があったぞ!」
 声をかけたのは妹のタウラでした。
「へやに入る時はノックしてよ、もう!」
「したぞ。2ページ前の4コマ目で」
「マンガじゃないんだから、そのタンイで世界はうごいてないよ!」
「そうなのか。でも、この世界はなにかそういう、かたよったジャアクなものにあやつられてる気がするぞ!」
「そうかも知れないけど、マンガではないと思うよ」
 ふたりとも、みょうなところでするどすぎです。
「……これだけやってりゃ、するどくもなるよ」
「兄ちゃん、またデンパと話してるのか?」
「ちがうよ!」
 キトラは教科書をひらきます。
「花火は夏にやるんだよ、今さわいでもしかたないさ」
「えー? なんでだ、兄ちゃん」
「タウラ」
 丸めた教科書を、キトラはタウラにつきつけます。
「『なんで』『どうして』を、すぐに言っていいのは、幼稚園に上がるまでだ。そこから先は、まず考えて、しらべて、それから分からない時にはじめて『どうして?』ときかなきゃいけない」
「めんどうだぞ」
「……昔、ラグヤに言われたんだよ」
「じゃあしかたないな、がんばってかんがえる」
「じっくり考えなさい。はい、出てって、出てって」
「そうだな、タウラはかんがえるのにいそがしいから、兄ちゃんにかまってるヒマはなくなった」
 タウラはへやから出て行きました。
「まったく、かわいげがないな。ダレににたんだか」
 キトラは算数の教科書を開きます。
「でも」
 ふと考えます。
「夏に花火って、どうしてだろう?」
 キトラは本だなの前に来て、教科書のせなかを見ます。
「しらべてみたいけど」
 国語、理科、社会……。
「なにを見たら分かるんだろ?」
 キトラにはよく分かりません。
「ラグヤに、電話してきいてみようか――ううん」
 首をよこにふります。
「やっぱり、自分で考えたいな」
 アルバムを出して、写真を見ます。
 写真の中に、黒い写真がまじっています。ブレていたり、ぼやけていたりする写真が多いですが、花火をしているキトラたちの写真です。
 写真の日づけは8月。
 まちがいなく夏です。
「花火……夏じゃないと見えないとか?」
 首をかしげます。
「いや、それはないな。昼だと見えないって言うけど、夏はカンケイないな」
 写真のほとんどは、花火の光しか見えません。
「でも、火って昼も見えるのに、なんで花火は昼はダメなんだろうなぁ。本当は見えるんじゃないのかなぁ」
 ページをめくります。
 海水浴で、キトラがビーチボールにつかまってうかんでいる写真です。
「でもやっぱり暗い方がこまかいところまで見えそうな気はするな」
 運動会の写真もあります。
「そうだ、運動会の朝の花火は見えたこと……あ、いや、そもそも音が聞こえるのって、いつもふとんの中だ」
 いちばん古いアルバムを出します。
「夏は、夜に暗くなるのがおそいよなぁ。明るい暗いで言うと、むいてない方だよね」
 どこかへ出かけた時の写真です。カサをさしたお母さんが、赤ちゃんのキトラをかかえています。タウラはまだいないみたいです。
「雨の時は、火が消えそうだから分かるけど、どんなきせつも晴れの日はあるし。夜が寒いかって言うと、もう今ならそんなに寒くないし、そもそも火を使うんだから少し寒くたってあったまりそうだし。夏休みじゃなくても、土曜の夜とかなら次の日休みだし……うーん、むーう、ううむ、むむむ……」
 キトラはアルバムを閉じました。
「なんか……ちゃんとした理由って、本当はない気がしてきたな」
 アルバムを本だなにもどします。
「やっぱりラグヤに……」
 キトラは、ドアノブに手をかけます。ラグヤのうちの電話番号は、おぼえています。お父さんとお母さんのへやに電話はありますから、すぐにかけられます。
 ドアノブに手をかけたまま、本だなの方を見ます。
 まだ、本だなにすきまはあり、今の五倍もアルバムは入りそうでした。
「やっぱり」
 キトラはつぶやいて。
「大人になったら、自分でためしてみよう、夏じゃない花火」
 ドアノブから手をはなしました。
「それをお父さんとお母さんにおしえるって、ちょっとステキだしね」
 まどから、夏とあまりかわらないぐらい強い日ざしがさしこんでいました。

【おしまい】